9月自作/薔薇『見守る存在』
- カテゴリ: 自作小説
- 2011/09/17 19:50:58
――結婚して3年。
その日、藤原雅孝が仕事帰りに花屋へ寄ったのは、そんな漠然とした理由からだった。
けれども。
丁寧に包装された赤い薔薇の花束を手にしたとき、藤原は自身の中に妻への愛情をはっきりと見てとれた。そして、決心した。妻の待つ家へ帰ったら、久しぶりに正面から、好きだの、愛してるだの言って...
――結婚して3年。
その日、藤原雅孝が仕事帰りに花屋へ寄ったのは、そんな漠然とした理由からだった。
けれども。
丁寧に包装された赤い薔薇の花束を手にしたとき、藤原は自身の中に妻への愛情をはっきりと見てとれた。そして、決心した。妻の待つ家へ帰ったら、久しぶりに正面から、好きだの、愛してるだの言って...
「本て、万華鏡みたいよね」
背中を向けたまま唐突に彼女が呟いた。僕はそのセリフを理解しようと必死に頭を回す。けれど、空転。僕が答えを出す前に、彼女は振り返って言ったのだ。頭の中が真っ白になるような満面の笑みで。
「――だから好き」
◆ ◆ ◆
僕が彼女を知ったのは海沿いの本屋で。店内に並ぶ...
花束とそれを抱える人間で込み合う楽屋を、私は衣装を着たまま抜け出した。
今夜の舞台も幕が下りた。
人がいない方へ歩き、夜の暗闇を切り取るようにして煙草に火を点ける。
舞台の余韻を残すかのように眩き煌く大小のテント。黒い川のように流れる人だかり。熱を帯びた喧騒。煙草の煙のむこうに見えるそれらの景色...
チン。
いつもどおり目覚まし時計が鳴る少し前に目が覚めた。
のそりと身を起こし体をひきずるようにして階段を降り、洗面所に向かった。
「……ん?」
不意に微かな違和感に気づき、歯を磨く手を止める。
この時間。いつもならリビングに新聞を広げる父親の姿があり、朝食の支度...
5月22日。午後2時過ぎにベットから出たのは、横になっているのが疲れただけで、空腹や退屈を感じたわけではなかった。
何か予定があった気がした。それは大事な用件だった気もする。しかし、思い出せない。もはや思い出すという行為のプロセスが思い出せない。穴の空いたバケツのような思考は何一つ蓄積させることな...