017 鉄警のエルフ 第1章第2節
- 2015/10/19 05:17:03
017
列車は渓谷に沿った、旧会津街道の宿場町であっただろう、山間集落にある東下条駅に続き五十嵐駅を通過した。――麻亜胡は沿線パトロールにいった際、無人駅であるそれら駅のホーム屋根を支える柱に小さなスピーカーが設置されていて、ご親切なことにも逐次、「SL列車が××駅を予定通り出発しました」とか、「故障のため三十分遅れます」とか伝えていることを知っている。
列車は五十嵐トンネルを抜け、阿賀野川が大きく蛇行したところを突っ切る形で渡した、赤い橋梁を渡るところだった。川を渡ってすぐのところにあるのが三川駅だ。無人駅ではあるのだが、観光用舟下り船着き場があるため、SL列車停車駅の一つとなっている。
赤い鉄橋のフレームが、眼下の渓谷を、瞬きするかのように、カットバックした。
恋太郎は雫の横から少し離れてからまた立ち止まった。
水に浮かぶ木立を描くとき、どうするか。本物の木々は明るく、水に映ったものは暗くして描く――――恋太郎の祖父は画家で、彼は物心がついたときから学んでいた。
恋太郎は麻亜胡と雫にいった。
「缶の中身について……こんな話はいかがでしょう?
森の泉に臨んだ小さな缶詰工場がある。工場とはいってもロボットがうごめく様な近代設備じゃなく、頑固そうな小父さんと優しそうな小母さんの夫妻二人でやっているような、工房みたいなところだ。機械らしい機械といったら真鍮缶の蓋のプレス装置くらいのものだ。
赤煉瓦の工房には大きな窓がある。そこから、白馬に乗った若い女性がみえた。羽のついた深縁帽子、マントを羽織り、ブーツを履いている。背には弓、腰には矢を収めるユギがあった。ふわりとした長い髪と切れ長の双眸はエルフ族の狩人を彷彿させる。
「ご主人、いつものものを届けにきたよ」
「いやあ、待ちかねておった」
木漏れ日を受けた狩人は白馬を降りて、出迎えた夫婦に、コルクで栓をしたガラス製試験管を手渡す。なかには碧玉のような鉱石がぎっしりとつまっているのだが、案外と重さがないようだ。
たぶん、それはとても貴重なもの。
小母さんは狩人風の若い女性を工房部屋の隅っこにある席に座らせ、薬湯を注いだマグカップを渡した。少し離れたところで、土間に座った小父さんが、もらった鉱石を薬研で砕いて粉末にしてゆく。それを缶に入れ、プレス機で蓋をした。
作業をしている亭主を尻目に小母さんが狩人にいった。
「缶に入れた碧玉の粉末は、お客様のお手元に届くころには、完全に気化するはずよ」
「楽しみですね」
「ええ、お客様の笑顔が目にみえるよう」
小母さんもマグカップで薬湯を飲んだ。
夫妻は小さな木の箱に詰められた箱を、森の中にある駅に持ってゆく。赤煉瓦でできた小さなホーム、それから駅長が一人だけで住んでいる駅舎がある。トロッコみたいな貨物列車が停車していていた。車掌に渡すと、それを大事そうに小脇に抱え、最後尾に連結された車掌車に消えてゆく。汽笛が鳴って、列車はガタンゴトンと音をたて、森の奥へと消えていった。
〝エルフ〟の異称をもった麻亜胡は、恋太郎のストーリーとイメージが重なった。
その人が感心したかのようにいった。
「なるほど、その缶詰が、特別企画記念品になったってわけね」
恋太郎の後ろに控えていた、ノッポの相棒が、「すみません、こいつの妄想話につきあわせてしまって……」と若い淑女二人に謝った。
「しかし謎が解けていません。缶詰の中身が気体だとして、開けると幸せが逃げるっていうのはどうかって思います。――ギリシャ神話にでてくる〝パンドラの箱〟じゃあるまいし」
慈悲深い賢者プロメテウスに嫁いだ絶世の美女パンドラが、狡猾な最高神ゼウスから贈られた〝開けるな〟と書かれた蓋を開けてしまい、ありとあらゆる不幸を外にだしてしまう。……だがこれは〝幸福な缶詰〟だ。なら、たくさんの幸福が飛びだすわけだから、いいことではあるまいか?
他方。
ボブヘア娘の雫が青年二人の手を凝視していた。――楽器を奏でるのに適した長い指をしている。
愛矢が缶詰を開けようとした。恋太郎がその手を抑えるために手を重ねる。潤んだつぶらな瞳が閉じられると、長いまつ毛がインパクトに残る。
ドキドキ……。
な、なんだこの感覚は!
愛矢は恋太郎の肩を抱きしめ、その唇に自らの唇を重ねるべく近づけた。
「よせ、愛矢」
「いやか?」
「そうじゃない……」
「細かいことは、してから後で話し合おう、な、恋太郎」
「やっぱり駄目だ」
両手で唇を塞ぐ親友。はぐらかすように愛矢は流し髪に隠れた耳たぶを探り当てて甘噛みした。
そこでだ。
「きたあ、〝ぐるぐる病〟――雫ちゃん、お願いだから、〝こっち〟に戻ってきて!」
私服〝鉄警隊〟第四小隊長が唯一の隊員の頬っぺたを軽くひっぱたいた。






















