オリチャ:鮮都×
- 2016/02/09 21:13:29
投稿者:紅蓮狐 糾蝶
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☑管理人と舞都 香春さん専用トピックスです。
他の方のコメントはご遠慮させていただきます。
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年相応に思える微かな悲鳴を上げたかと思えば、少女は長い金髪ごとセーターの裾へ沈められた。
水面から顔を出して少し苦しげに息継ぎするかの如く、ぷはっと衿口から浮かび上がってきたときには
彼女は形の良い眉を寄せ、その顔にあからさまな不満の色を浮かべていた。
「ちょっと!もう少し丁寧に出来ないの?」
開口一番そう鋭い声を投げ掛けると、鰭はぴしゃりと水面を叩き、鷹揚な態度で腕を組む。
彼が服を着せた意味も分からないまま、目の前の生意気そうに釣り上がった口元を睨め付けた。
随分と投げやりな回答だ。
でもそれが彼女の性格なのだろう。
ともすれば呆れ返ってしまいそうな能天気そうな様子に一つ唸って考え込めば、今度こそ強引に彼女の腕を掴んだ。
「じゃあ、これ着て」
脱いだ自らの服を彼女の頭からすっぽりと被せ、伸びきったセーターが下半身までほぼほぼ覆ってしまうのを確認してから、悪戯小僧のように唇を吊り上げた。
きょとんとした表情を浮かべた少女は、年相応の雰囲気を醸し出していた。
「知らない。」
問いかけに対する答えは至極簡単で、それでいて残酷で。
無理はない、見た目の年齢に反して「生まれたて」といっても過言ではない彼女は、自分の名前すら知らないのだから。
伸ばした腕を引っ込めて、水槽の縁に軽く頬杖をつく。
「大丈夫かもしれないし、カラカラに乾いて死んじゃうのかもしれないわ」
今はまだ十分に水を吸い込んで輝いている自分の鱗を一瞥してから、
生死という命題に関して大して深く考える様子もなく、あっけらかんと口にした。
どうしてそんな事を聞くの?とでも言いたげな瞳であった。
ヒトを惹きつける、魔性の笑み。
警戒心の強い肉食獣が罠にかかるより簡単に目を奪われては、唇を噛んで咄嗟に目をそらした。
頬はまだ熱い。
しかしその直後、伸ばされた白が視界を侵す。
電撃を打たれたように背筋を正し、碧い瞳は震えていた。
「…………でも、そっから出て平気なの」
それは甘い誘惑に踊らされてしまう前の最後の抵抗だった。
少女のようにか細い声はそう尋ね、彼女の手を取りあぐねる。
「なに、照れてるの?」
口元に指を当て、くすくすとからかう様に笑う姿は まだ幼いといえど
水辺で船乗り達を惑わすという伝承が生まれるのも頷けるほど、
どこか神秘的であり妖艶なように見えて。
片手で水槽の端を指先で掴めば、こちらの視線を真っ直ぐに受け止めて逸らさない彼を見据えて、
少し身を乗り出し その柔らかい頬を抓った時と同じように、またおもむろに片手を差し出した。
「…決めた。あなたがここから出してよ」
水を吸った長い髪の毛から滴り落ちた水滴が、ぱたたっと音を立てて床に小さな水溜りを作る。
いつの間にか、薄桃色の艷やかな唇が笑みを形作る。
不意を突かれた表情そのままで、鮮都は僅かに頬を染める。
切り離された部屋の中に、音もなく風が吹く。垂れ下がった二つの耳に通された安全ピンがカチャカチャと金属音を立てた。
「…………ありがとう」
小さいけれど、よく通る声が言う。
真っ直ぐにこちらを見据える目から、自分の目を逸らさないように。
なんだか妙に、心臓がうるさかった。
不意を突かれた表情そのままで、鮮都は僅かに頬を染める。
切り離された部屋の中に、音もなく風が吹く。垂れ下がった二つの耳に通された安全ピンがカチャカチャと金属音を立てた。
「…………ありがとう」
小さいけれど、よく通る声が言う。
生まれて初めて耳にしたその二文字を、まるで不思議な呪文でも呟くようにそっと反芻した。
「………鮮都、」
ふと気が付くと、橙色の視線はいつの間にか 再びまっすぐ少年に向けられている。
その声は、溶けた氷の冷たい水のごとく 静まり返った廃墟に染み入るようだった。
「良い名前」
それはからかうように、また朗らかに。
いつかどこかの世界で 誰かが言っていたかもしれない言葉。
自分のことを知らないなんて、一体どういう意味なんだろう。
首を傾げ、視線を落とす少女の金髪を見るともなしに見やった。
美しい髪の一本いっぽんが、まるで飴細工のように煌めいている。
「僕は…………鮮都」
別に減るものでもないしと答えれば、ずり落ちそうになったバニー帽を引き下げて、ぶっきらぼうに言った。
少女は周りの様子を物珍しそうに見回していた。
目覚めて初めに見たこの世界はどうも
あちらこちら、何かしら壊れているらしい。
と、あからさまに不機嫌そうな声が響き、再び視線をそちらへと向ける。
この状況からすると尤もと言える少年の問い掛けに、
数度瞬きをすると、橙色の瞳を一瞬伏せてふいっと視線を逸した。
「知らない。」
素っ気なく、たった一言で告げられた言葉の中に 一体どれほどの情報量が詰められているだろうか。
思い出す思い出さない以前に、全ての記憶はたった今始まったのだ。
「……そう言う貴方こそ何なのよ」
ゆらゆらと揺れ、照明の光を乱反射する水面の一点を見つめたまま
記憶を失っているとは思えない気丈さで問い返す。
しかし、やけに棘のあるその言葉達は
自分が誰なのかすら分からない不安を 必死に押し殺しているが故のようにも思えた。
咄嗟に浮かんだ言葉の滑稽さに自分でも可笑しくなる。
しかし意外にもすぐに離された手を追って、ジンジンと熱を持って痛む頬を押さえながら、蒼い瞳は恨めしそうに彼女を見る。
「なんだよ、お前」
腕でガードしようとするが間に合わず、跳ねた水が顔と髪を濡らす。
イラッとした内心を隠すことなく、男にしては整った顔を歪め、不機嫌とも警戒とも取れる声音で言った。
橙色の瞳はきょとんとして数度瞬きをし、あっけなくその手を離した。
「あら、生きてたの」
鈴を鳴らしたような声、とはよく使われる表現の一つだが
この少女から発せられる声の場合、その鈴は冷たく澄んだ氷で出来ているように思えてならない。
つい先程まで文字通り死んだようだったのはどちらだったろうか。
出会い頭、しかも見ず知らずの少年の頬を情け容赦なく引っ張ったにも関わらず、彼女は一切悪びれる様子なく。
真上のライトに照らされて輝く鱗をもった 人ならざる下半身が、ぱしゃんと軽く水面を打った。
「真っ青な顔して突っ立ってるんだもの。死んでるのかと思った」
桜貝の仄かな桃色をした唇が、
からかうような挑発的な笑みを形作った。
それが分かった瞬間、まるで静電気にでも触れたかのように身体が跳ねた。
ここから一歩でも、一ミリでも動いたら、氷像のように固まった身体はきっと、粉々に砕け散ってしまうに違いない。
コマ送りで流れていく冗談みたいに美しい情景は、そこに感情移入する隙間すら与えずに目の前から過ぎ去っていく。夢か、或いは幻のように。
それでいて妙にヒリヒリと肌に突き刺さる何かが、これは夢ではないと囁くのだ。
「――っひ」
後退る暇もなかった。
伸びてくる、恐ろしいほど冷たい手が頬に触れた瞬間、間違いなく背筋を伝った恐怖の感情。
ここでいて、
ここではない、
どこか別の世界に足を踏み入れていしまった違和感。
喉奥から漏れた情けない悲鳴の後、続いたのは――――、
「い゛っ……だ……!?」
まだ声変わりもしていない甲高い金切り声だった。
不意に、少女が微かに身じろぎをした。
鏡のようだった水面が歪み、幾重にも波紋が広がる。
そのまま滑らかな動作で起き上がると、水の滴る長い髪の毛を一房掬い、指先で徐ろに耳に掛けた。
まるで、そうすることがずっと前から決められていたように。
肩より上が水槽から出た状態のまま、ふ、と小さな首の動きと共に
橙色の瞳が此方を見詰める少年に向けられた。
交錯する、夕闇のコントラストを成す二つの視線。
「………………?」
不思議そうに目を細めた少女は、何も言わず、細い腕を水槽の外―――少年の頬へと伸ばす。
もう片方の手が水槽の縁を掴めば、濡れた金髪が、惜しげもなく晒された陶器のような肌を滑った。
真っ直ぐに伸ばされた氷のように冷たい指先は、躊躇なくそこへ触れて――――
そして、まだ柔らかな齢14の少年の頬を、珍しい物でも見るかのように容赦無くつまんだ。
この世の終わりのような黄昏色に対をなすように真っ青な瞳が驚きに見開かれる。
脚が震えた。
明らかに〝日常〟とかけ離れた〝異常〟。
それに対面する、純粋な歓喜。そして不安。
自分がこの異常に関わっていいのかという、妙な焦り。
祭壇に片足を乗せる。
目も覚めるような眩い金色が、暗がりばかり見つめてきた瞳の奥に突き刺さる。
「………………っ」
それでもまた一歩、近づく。
ようやく見えた少女の顔ばせ――人間離れしたその瞳を、無意識に見つめていた。
一歩、また一歩と水槽との距離が詰まる度に 周囲の気温が徐々に下がっているような感覚。
蒼の祭壇の直ぐ手前、足音がじゅうぶんな距離まで近づいた時
見計らったように 何処からともなく水滴が落ちて
広がる波紋が、止まっていた時計の針を動かした。
やけに響いて聞こえた雫の音。
瞬間、開いた少女の瞼の奥から覗いたのは
精緻な人形の眼孔に嵌めこまれた硝子球ではなく、夕焼け色を切り取った、生きた橙だった。
「……………、」
自らを真上から照らす蒼いスポットライトを眩しそうにするわけでもなく、
しかしまだ何処か焦点の合っていないように見える視線で、ただその姿勢のままで。
水に浮かぶ細い金髪が、退屈そうに揺蕩う。
ジリ、と少年のブーツの裏でガラスの粉が唸り声を上げる。
一歩、また一歩と水槽との距離が詰まる度に 周囲の気温が徐々に下がっているような感覚。
蒼の祭壇の直ぐ手前、足音がじゅうぶんな距離まで近づいた時
見計らったように 何処からともなく水滴が落ちて
広がる波紋が、止まっていた時計の針を動かした。
やけに響いて聞こえた雫の音。
瞬間、開いた少女の瞼の奥から覗いたのは
精緻な人形の眼孔に嵌めこまれた硝子球ではなく、夕焼け色を切り取った、生きた橙だった。
「……………、」
自らを真上から照らす蒼いスポットライトを眩しそうにするわけでもなく、
しかしまだ何処か焦点の合っていないように見える視線で、ただその姿勢のままで。
水に浮かぶ細い金髪が、退屈そうに揺蕩う。
大して、何も考えてやしない。
毎日まいにち、この世の掃き溜めみたいな両親に理由のない暴力を浴びせられ、腐った人間に育った。
昼間だというのに学校にも行かず、満足に普通の生活を送ることもできない。
クズ。
世間の人はきっと、自分をそう呼ぶのだろう。
足裏が踏んだ硝子の砕ける音は、耳の奥から頭の中へ、突き刺さるように響いてくる。
ここは聖なる神の祝福を受けた教会か何かだろうか。
これから、神を崇めるミサが始まるに違いない。
そうでなければ、
「………………………………、」
吸い寄せられるように近づいた水槽に眠る少女は、こんなにも綺麗なはずが無いのだから。
絶え間なく鮮やかな煙を吐き出す都の隅は何時だって
悲劇とも喜劇ともつかぬ出逢いを運んでくるのだ。
とある廃ビルの一角
元々は小洒落たバーか何かだったのだろうが、不良少年達の素行の悪さを目一杯ぶつけられた店内は目も当てられない。
古びたワイングラスホルダーと埃を被ったカウンターが辛うじてかつての面影を残しているだけで
青いガラスのパーテーションは無惨に打ち砕かれ、黒いソファーは破けて 薄汚れた綿の臓器が飛び出している。
赤茶けたモザイクタイルの床の上、細かい氷の欠片のように散乱する硝子片を踏み躙って奥へ進めば、
そこにあるのは
酷く―――いっそ滑稽なほどに不釣り合いな光景だった。
現役の頃は恐らく、彩りどりの魚達で溢れ 客の目を楽しませていた巨大な水槽
氷のように冷たく透明な水を半ばまで湛えるそれだけが
一点の曇りもなく また 時が止まったかのように無傷で。
仄蒼い照明はライムライトの如く 照らし出すのは聖なる夜を染め抜いた水面の舞台
静かに横たわるのは 陸では踊れぬ白づくめのヴァレリイナ
水の中 揺蕩い遊ぶ金色が、星の涙のように光を反射して
真白い胸に組まれた指先ひとつとっても、生きているなんて誰が思うだろうか。