マガモノは謳う
- 2025/02/17 17:14:06
投稿者:ۥ三ツ又
それからかれこれ数十年。
子供だったコルが、【】と名乗り、世界中を旅して再び故郷に近い森に辿り着き。住み始めてからも数十年が経っていた。
「コルお爺さん!!」
コルテオ・ラッジョ イタリア語。行列と半径
コル爺さん
モナトリケ・オルテス ドイツ語。毎月と場所
モナ嬢
アリウス・オディリアン 英語/ウズベク語
リュー























森から生還した二人は、人々に報告をした。
青年は、倒した野獣の首と巨樹の蔓を掲げ、危険は取り除かれたと宣言した。
人々は二人を称賛し、この地に国を築く事にした。そして、青年と少女はその礎を築いた者として永く称えられた。
語り終えて、スッと長い息を吐く。久しぶりだったこともあり、コルは思わず話に力が入ってしまった、と反省した。モナは呆気に取られた顔をしている。だがその表情が程なくキラキラと輝いて先刻以上に捲し立ててきた。
「今のはっ!! 何!? 凄い!!スゴイ!! ね!!コルさんは吟遊詩人なの!?」
「あ、いや。俺の祖母さんが語り部だったんでね。その真似事だよ。」
前よりものめり込んで、コルに迫ってくる。たじたじになるも、コルは感嘆する少女の姿に随分と忘れていた感情を思い出した。胸の奥が熱くなるのを覚える。
「有難う。喜んで貰えて光栄だよ。」
小さな聴衆人を前に深々と頭を下げた。唯一の観客だったモナは、そんなコルに応えるように立ち上がって、盛大に拍手を送る。
「ねっ!! 私もっとコルさんの話が聞きたい!!」
経験した事の無い熱烈な歓迎に照れながらも、少しコルは狼狽えた。遅くなるとその分、当然ながら彼女の両親が心配する。
「モナちゃん。ひとまず今日の所は帰ろうか。話が聴きたいなら又今度にしよう。」
不用意に人間に立ち入らせない為にもトラブルは避けるべきだ。それに、目印となる銅像の位置も確認をしておきたい。その銅像の場所を彼女に教えてもらう体で、コルは家に帰るよう促した。
「じゃあ明日ね。街の入り口で待ってるから、絶対に来てね! コルさん!!」
銅像の場所は分かるという、彼女の言葉を鵜呑みにはしていないが、コルは約束してモナを見送った。
翌朝。約束通り街の入り口の関門へ、朝早くにコルは訪れた。まだ今の時間帯は人通りも少ない。開門と共に中へ入ると、すでにモナもそこに来ていた。
「おはようございます。コルさん。」
「ああお早う、モナちゃん。」
君も早いね、とコルは挨拶を返す。その熱心さに頭が下がる思いだったが、どうにも引き離す事は出来ない強さに苦笑する。意気揚々と歩いていく小さな案内人に付いてコルもゆっくりと歩き始めた。
森から生還した二人は、人々に報告をした。
青年は、倒した野獣の首と巨樹の蔓を掲げ、危険は取り除かれたと宣言した。
人々は二人を称賛し、この地に国を築く事にした。そして、青年と少女はその礎を築いた者として永く称えられた。
語り終えて、スッと長い息を吐く。久しぶりだったこともあり、コルは思わず話に力が入ってしまった、と反省した。モナは呆気に取られた顔をしている。だがその表情が程なくキラキラと輝いて先刻以上に捲し立ててきた。
「今のはっ!! 何!? 凄い!!スゴイ!! ね!!コルさんは吟遊詩人なの!?」
「あ、いや。俺の祖母さんが語り部だったんでね。その真似事だよ。」
前よりものめり込んで、コルに迫ってくる。たじたじになるも、コルは感嘆する少女の姿に随分と忘れていた感情を思い出した。胸の奥が熱くなるのを覚える。
「有難う。喜んで貰えて光栄だよ。」
小さな聴衆人を前に深々と頭を下げた。唯一の観客だったモナは、そんなコルに応えるように立ち上がって、盛大に拍手を送る。
「ねっ!! 私もっとコルさんの話が聞きたい!!」
経験した事の無い熱烈な歓迎に照れながらも、少しコルは狼狽えた。遅くなるとその分、当然ながら彼女の両親が心配する。
「モナちゃん。ひとまず今日の所は帰ろうか。話が聴きたいなら又今度にしよう。」
不用意に人間に立ち入らせない為にもトラブルは避けるべきだ。それに、目印となる銅像の位置も確認をしておきたい。その銅像の場所を彼女に教えてもらう体で、コルは家に帰るよう促した。
「じゃあ明日ね。街の入り口で待ってるから、絶対に来てね! コルさん!!」
銅像の場所は分かるという、彼女の言葉を鵜呑みにはしていないが、コルは約束してモナを見送った。
翌朝。約束通り街の入り口の関門へ、朝早くにコルは訪れた。まだ今の時間帯は人通りも少ない。開門と共に中へ入ると、すでにモナもそこに来ていた。
「おはようございます。コルさん。」
「ああお早う、モナちゃん。」
君も早いね、とコルは挨拶を返す。その熱心さに頭が下がる思いだったが、どうにも引き離す事は出来ない強さに苦笑する。意気揚々と歩いていく小さな案内人に付いてコルもゆっくりと歩き始めた。
少女は青年に倒すのを止めるように懇願した。
大木には意思がある。だから私が謝って仲直りすれば、きっと野獣をおとなしくさせるように願う事が出来る。と。
青年は少女の優しさを汲んで、危険が及べば倒す事を条件に承諾した。
そして、二人は周りの人々に気付かれぬよう、森の中へと入った。
途中、襲い来る野獣は青年が剣で倒し、少女の案内で大木が立つ奥へと進んでいく。そして二人の目の前にあの大木が姿を現した。
それは、巨樹の化け物というに相応しい大きさだった。その枝葉の重なり、うねり、木肌に至るまで、おどろおどろしく二人の双眸に映る。圧倒される存在感に立ち尽くす青年と、その隣に並ぶ少女に向けて巨樹は何本もの長い蔓を伸ばしてきた。
それはまるで少女を獲り込もうとする巨樹の罠にも思えた。
咄嗟に青年は少女を庇い、差し伸ばされる蔓を一刀両断にする。蔓は一瞬怯んだが、変わらず少女に向けて突き進む。その都度青年は蔓を切り落とし、必死で少女を守った。
その時になって、少女はやっと巨樹の恐ろしさを知った。自分の考えの甘さが愛する青年を窮地に立たせている。少女が自分を責める暇もなく、突然地面が大きく揺らいだ。青年はバランスを崩してよろめいた。その時、鞭のようにしなる巨樹の太枝が、少女から引き離すように青年を向こうへ弾き飛ばす。その有様に少女は悲鳴を上げた。
少女は一目散に逃げ出した。幼かったあの時のように、森への恐怖か膨れ上がる。あの時と違うのは、巨樹の蔓が襲ってきたのだ。腕に絡まれ、強く締め付けられる。それでも少女はなりふり構わず逃げようとした。
尋常ではない痛みが、少女の腕を襲った。走るどころか、立ち上がるのすら困難で草むらに倒れてしまう。手首から先が無く、大量の血が傷口から流れていた。
蔓が体に巻き付くのを感じ、少女は最期を悟った。涙を零し祈るように呟く。「助けて」と。薄れゆく意識の中で少女は逞しい腕に抱かれ、暖かい光に包まれた。
それは、青年の腕であった。青年は衝撃から立ち上がり、一太刀巨樹に浴びせて、死に物狂いで少女の元へ駆け寄ったのだ。巻き付く蔓を切り剥がし、傷付いた腕を治癒の光で包む。徐々に腕は繋がりをみせ、少女は一命を取り留めた。
ある日、大木は人間の姿を真似た木偶人形を作り出した。少女と背格好のよく似た人形は、少女の動きをよく真似た。親しみを込めて手を差し出せば、同じ様に返してくる。意思のない人形ではあるけれど、少女には友達が出来たような気さえした。
けれど、綻びは簡単にそれまでの関係を壊した。
木偶人形は少女の動きを真似る。笑えば笑い、怒れば怒る。ほんの些細な動きのズレで、小さな不服は大きな禍となって少女に跳ね返ってきた。
怖くなって逃げ出すが、同じ様に人形も走る。走って少女の後を追いかけた。
「来ないで」と叫んでも、同じ様に人形も叫んで笑っている。口を大きく開き、目を細めて奇怪な声を上げていた。悲鳴を上げて走る少女の後をずっと追いながら。
全力で木偶人形を振り切り、少女は森の外へ逃げた。平野に出れば辺りはすっかり暗くなっていた。心配した大人達によって無事に少女は保護されたものの、あまりの怖さに少女は誰にも打ち明けられなかった。
それからは。少女は森へ入らなくなり、何年も年月を経て、少女は気づけば大人になっていた。成長した少女は美しい乙女へと変わっていた。そして、一族の中の青年と恋に落ち、二人で想いを育んだ。
でも、その頃には頻繁に森から野獣が出てくるようになっていた。住み易かった平野は次第に危険が増し、人々は再び放浪を余儀無くされようとしていた。
少女には、ある不安が存在した。森から出てくる野獣は、もしかしたらあの大木の命令で自分を捜しに来ているのかもしれない、と。息を潜める人々に対し、野獣は常に何かを捜すように徘徊する。皆は人間を糧にする為に襲いに来ているのだと言う。けれど、少女はあの大木の存在を知っていた。それが森の全てを操ることも、少女は間近で見てきたからだ。
少女はそんな不安から、愛する青年に過去の自分が犯した秘密を告白した。青年は真摯に彼女の話を受け止めて、優しく抱きしめた。青年は考えて、考えた末に少女に自分の考えを打ち明けた。
その大木を倒せば、野獣の脅威も君の恐れも共に消え去る。と。
少女は青年の言葉を聞いて、少し不安が薄らぐのを感じた。
「今から話す物語の銅像を街で見つけられたら、おじさんに教えてくれるかい? そうしたらその時に特別に教えてあげるよ。」
「おじさんは? おじさんの名前は何て言うの?」
真っ直ぐに目を向ける。このままうやむやに逃げられるのは嫌だと思ったんだろうか。困った笑顔で白髪交じりの頭を掻き、一息吐いてコルは答えた。
「コルテオだ。コルでいい。」
「わかったわ。コルさん。」
しっかりと頷き、早速聴く体勢を取るべく椅子を手繰り寄せて彼女は座った。コルは彼女の真摯な姿に自身も肝を据えて、静かに語り出した。
------
この地がまだ名を持たなかった時代。定住を求める人々が森の近くの平野でテントを張り、暮らし始めていた。
森には魔物や野獣が棲んでおり、大人達は子供に「森に入るな」と言って危険から遠ざけた。
だが好奇心旺盛な少女は、内緒で一人森の中へ入ってしまった。
少女は誘われるように気の向くまま、森の奥へと入っていった。そこには不思議な光景が広がっていた。多くの小動物が戯れ、地面には色とりどりの花が咲き、鳥が歌い、その中心には1本の大木が立っていた。
小動物逹は驚いて姿を隠し、鳥逹は空の向こうへ飛び去っていく。花々は閉じて息を潜め、奏でるように吹いていた風さえも止んでしまった。そして、大木だけが少女の前に残った。
圧倒される存在感に少女は恐れを感じていた。けれど、硬直した足は言うことを聞かず、逃げることも出来ずにその場に立ち尽くしていた。
大木は幹を揺らし、地面を微かに揺らした。すると根元から順に小さな花達が開花していく。更に枝葉を揺らすと、葉の間から極彩色の花弁が降り注ぐ。
その美しさに少女は感嘆の声を上げた。その不思議な大木は意思を持っていた。その事は少女にも理解できた。
緊張の解れた少女は大木に礼を言って、森の外へ帰っていった。
テントに戻ると大人達が心配して少女を迎え入れた。少女は怒られるのを恐れて、森に入った事を告げなかった。
それから少女は大人逹の目を盗んで、度々森の中へ入っていった。行く度に大木は趣向を凝らして、少女を出迎えてくれる。
こんな所に? と訝しんで急ぎ足で向かえば、少女が一人で巨樹の前に立っていて、樹上を見上げていた。他の木々とは違う巨樹に、物怖じもせず少女は手を伸ばそうとする。
「森には入っちゃいけないと言われなかったか?」
そう叫んでコルは慌てて彼女を引き離した。幸い巨樹は眠ったままのようで、コルは胸を撫で下ろす。大事に至ればまた、只では済まない。
「ねぇ、ねぇ。あの木は何?」
少女は好奇心丸出しのキラキラとした瞳を、コルに向けて訊ねた。
「その話は一先ず森を抜けてからだ。」
嗜めて少女を森から引き離そうと試みるも、少女も根っからの頑固者のようで、テコでも動こうとしない。
「ヤダ。絶対にイヤ。教えてくれなきゃ何処へも行かないっ!!」
少女は他の木にしがみついて、全力で拒んだ。その姿に落胆と観念を混ぜた息を吐いて、一旦少女から手を引く。
「だったら。この先に以前建てた小屋がある。そこでなら話しても良い。」
コルは宥めながら提案した。何より少しでも少女を此処から引き離したいからだった。小屋が森の中にある、ということで、渋々だが了承した少女を連れてコルは移動する。そこは街道に向かうまでの間に存在した。
以前に作った作業用の小屋は、幾分か草臥れた部分もあるが、当座の宿には十分だった。コルは手を繋いだまま中へ入る。すぐに少女は手を離して、小屋の中をあちこち走り回って勝手に見学し出した。
後で街へ送り届けるつもりだが、まずは落ち着かせたい。興奮したままの少女は怖がるどころか、より強く積極的に話しかけてくる。
「ね、おじさんは一人で森に住んでいるの? どうしてあの木はあんなに変わっているの?」
「その前に。お嬢ちゃんの名前を教えてくれるかな?」
「モナトリケ、よ? モナって呼んでね。」
臆することなく明るく笑う。無垢な表情は無敵の子供の特権だ。そして更にどうして?どうして?とコルを質問攻めにしてくる。困った事になったなと、コルは天井を見上げた。
「わかったよ。よくわかったから、モナちゃん。でもね、先刻見た木のことは、他人に絶対に知られちゃいけないことなんだ。でないとまた消えてしまうかもしれないからね。」
「………。」
黙って神妙な表情をしている孫息子に、祖母は軽く問いかけた。行っちゃいけない、と散々言われている森の話の謂れを聞きたがった孫に少しは伝わっただろうか。そんな気も在った。
「さぁて。森の主はどうすれば良かったんだろうね?」
何度か首をひねり、思いついた答えを自信有りで言った。
「見ているだけにすれば、良かったんじゃないの?」
森の主が『』に触れようとしたから。こうなったのだと。何故その事を森の主は気づかなかったのか、不思議ならしい。
「そうだね。でもそれは、それぞれに違うのだ、ということをちゃんと理解出来ていればの話になるんだよ。」
温めたミルクのお代わりを孫に差し出し、祖母は手近な椅子に腰かける。
「いいかい、コル。化け物は己が化け物であることを知らないんだ。だから、不用意に近付いては駄目なんだよ。わかったかい。」
「はーい。」
返事だけは威勢が良いが。すぐに何にでも興味を持ち近寄っていく孫息子を、困った眼で祖母は見ていた。
「ねーねー。その森の主がいた小高い丘って、あの棘のお城の向こう側にあるんでしょ?」
「ああ、そうだよ。」
高い小窓から見える古城を指さして、祖母に訊く。本来なら白かったであろう城壁はくすんで、蔓延る茨に被われて、その美しさを見る影も無い。
「森の棘ってお城にまで伸びてきちゃったの?」
孫の素朴な疑問にやれやれと溜息を一つ。
「それはまた別のお話だよ。夕餉が遅くなってしまうから、今日はここまでにしておこうね。」
夕餉の一言にぱっと笑顔になって家族を呼びにいく。孫の現金さに祖母も笑いを一つ溢し、今一度小窓の外へ目を向けた。
あれから数十年。生まれ故郷の村を飛び出し、放浪の後、戻って来てみれば。村は見る影もなく、変わり過ぎていた。コルはすっかり大都市へと発展した故郷の有り様に、驚きを通り越して唖然とする。昔の祖母が住んでいた家は、場所すら皆目見当がつかない。
一先ず街の様子の確認は置いておいて、十数年前に少しだけ立ち寄った森の方へと足を進める。
今や森には大きな街道が通され、馬車や人が行き交う交通の要所になっていた。が、道を外れればまだまだ其処は獣や魔物が潜む領域だった。
急に襲った地揺れにヒトは立っていられず、体勢を崩す。主はその隙を逃さず見ていた。
邪魔だ、と。グンッと太枝をしならせて、ヒトを払い飛ばす。『』は地面にしゃがみ込んだまま、両手で口元を覆うようにして震えていた。
森の主が今度こそと蔓の先を『』に向けたその時。
『』が金切声を上げて逃げ出した。
待って。どうして逃げるの? そう伸ばした蔓を逃げ惑う『』の腕に絡ませると『』は狂ったように暴れまくる。離したくない。森の主は更に強く絡み付かせて己の元へ引き寄せようと、腕を締め上げた蔓を手繰り寄せた。
何かがペキバキ折れる音がした。『』が悲鳴を上げる。『』の腕が蔓のように伸びて捩じれていく。
強烈な悲鳴と共に、温かい赤い水が『』の体から噴き出した。鉄の錆びる嫌な臭いが辺りに広がった。森の主は驚いて締めていた蔓を弛めた。ゴト、と地面に落ちた腕はあちこち歪んでいて、『』と繋がっていた部分は千切れている。
森の主は慌てて落ちた腕を拾い上げ、千切れた場所へ戻した。
けれど、赤い水で濡れてしまったそこは、何度くっ付けても繋がらない。
か細い声で『』は言った。“タス…ケテ”と。
もう一人のヒトが『』に駆け寄り、何かを喋っている。再び主は蔓の先を切られてしまった。だが、蔓を切ったその手が光を操り、『』の赤い水を止めていく。苦しそうに歪んでいた『』の表情が少しずつ和らいでいく。
もう、主に蔓を伸ばす勇気は無かった。去っていく二人の背を茫然と見つめた。『』の無事を祈りながら。
幾時も、幾時も、森の主は待ち続けた。
そして気づいた。『』が森の主の下へ訪れることはもう無いであろう、と。
ただ、悲しかった。それでもまだ一婁の希望を持つ己の姿が辛くて、やり切れなかった。
ざわざわと木々が揺れる。伸びた枝葉は蔓となり、幾重にも森の主を覆っていく。森全体を覆い尽くす蔓は侵入するものを拒むように、縺れながら伸びていく。雁字搦めに互いを絡ませ合い、次第に蔓だけの森になった。
蔓の表皮には無数の突起が現れていた。やがてその全てが触れるものを傷つける鋭い棘へと変貌した。
小高い丘の向こう側に、森の主は存在した。主に実体はなく、代わりに森の植物を意のままに動かすことが出来た。森自体が主の身体だとも言えた。
主は森の木々を繁らせ、その枝葉の先に豊かな果を実らせた。また、地面の上でそよぐ草達の花を綺麗に咲かせもした。そんな花や果実を求め、小さな鳥や動物たちが森の主の下を代わる代わる訪れた。
或る時、森の主は見慣れぬ生き物を見つけた。ヒト、と呼ばれるその動物は森の主の下へやって来て、足元に咲く草花に感嘆した。その表情が綻ぶ姿が、主にはまるで初めて見る美しい花が咲いていく様で。
その新鮮さに森の主は心が動かされた。
戯れに、樹上に生る果実をひとつ、ヒトの前に落としてみると、また嬉しそうに顔を綻ばせ、お礼にヒトは自らの名を森の主に教えて去って行った。
種族を区別するモノなら知っているが。個体を区別する、名前、というものが有るのは知らなかった。新しいことを知る、というのがこれ程心を躍らせるものだと、森の主は初めて知った。
最初に訪れたヒト『』は、それ以降、度々森の主の下を訪れるようになった。
森の主はその都度『』の色んな表情を見ようと、様々な事を試みた。例えば、『』の声に合わせて枝葉を揺らしてみたり、草花を躍らせてみたり。
一番の力作は、樹木の根を盛り上がらせて『』と同じ形を造ったことだ。勿論、森の主にはそれを自由に動かす事ができる。初めは『』も面白がっていた。楽しげに声を上げて、次第に声は荒く聞こえた。
去っていく『』の顔は、森の主には笑っているように見えた。
けれど。以来『』は森の主の下へ来なくなった。
随分と時が経ってから、『』が森の主の下を訪れた。
小さかった体は大きくなり、『』の体にも実が生っている。森の主は全ての根が地面から這い出してしまいそうな勢いで、大層喜んだ。何よりもまた『』に会えたことが嬉しかったのだ。けれど、『』はそれ以上主の下へは近寄って来ない。
どうしたのだろう。怪訝に思う主は枝葉を蔓に変え、『』の体に伸ばした。途端。
鋭いナイフが主の伸ばした蔓をバッサリ切り落とした。
森の主は唖然とした。全く訳が分からない。何故こんな事になったのか、何故こんな事をされるのか。
「………。」
黙って神妙な表情をしている孫息子に、祖母は軽く問いかけた。行っちゃいけない、と散々言われている森の話の謂れを聞きたがった孫に少しは伝わっただろうか。そんな気も在った。
「さぁて。森の主はどうすれば良かったんだろうね?」
何度か首をひねり、思いついた答えを自信有りで言った。
「見ているだけにすれば、良かったんじゃないの?」
森の主が『』に触れようとしたから。こうなったのだと。何故その事を森の主は気づかなかったのか、不思議ならしい。
「そうだね。でもそれは、それぞれに違うのだ、ということをちゃんと理解出来ていればの話になるんだよ。」
温めたミルクのお代わりを孫に差し出し、祖母は手近な椅子に腰かける。
「いいかい、コル。化け物は己が化け物であることを知らないんだ。だから、不用意に近付いては駄目なんだよ。わかったかい。」
「はーい。」
返事だけは威勢が良いが。すぐに何にでも興味を持ち近寄っていく孫息子を、困った眼で祖母は見ていた。
「ねーねー。その森の主がいた小高い丘って、あの棘のお城の向こう側にあるんでしょ?」
「ああ、そうだよ。」
高い小窓から見える古城を指さして、祖母に訊く。本来なら白かったであろう城壁はくすんで、蔓延る茨に被われて、その美しさを見る影も無い。
「森の棘ってお城にまで伸びてきちゃったの?」
孫の素朴な疑問にやれやれと溜息を一つ。
「それはまた別のお話だよ。夕餉が遅くなってしまうから、今日はここまでにしておこうね。」
夕餉の一言にぱっと笑顔になって家族を呼びにいく。孫の現金さに祖母も笑いを一つ溢し、今一度小窓の外へ目を向けた。
あれから数十年。生まれ故郷の村を飛び出し、放浪の後、戻って来てみれば。村は見る影もなく、変わり過ぎていた。コルはすっかり大都市へと発展した故郷の有り様に、驚きを通り越して唖然とする。昔の祖母が住んでいた家は、場所すら皆目見当がつかない。
一先ず街の様子の確認は置いておいて、十数年前に少しだけ立ち寄った森の方へと足を進める。
今や森には大きな街道が通され、馬車や人が行き交う交通の要所になっていた。が、道を外れればまだまだ其処は獣や魔物が潜む領域だった。
急に襲った地揺れにヒトは立っていられず、体勢を崩す。主はその隙を逃さず見ていた。
邪魔だ、と。グンッと太枝をしならせて、ヒトを払い飛ばす。『』は地面にしゃがみ込んだまま、両手で口元を覆うようにして震えていた。
森の主が今度こそと蔓の先を『』に向けたその時。
『』が金切声を上げて逃げ出した。
待って。どうして逃げるの? そう伸ばした蔓を逃げ惑う『』の腕に絡ませると『』は狂ったように暴れまくる。離したくない。森の主は更に強く絡み付かせて己の元へ引き寄せようと、腕を締め上げた蔓を手繰り寄せた。
何かがペキバキ折れる音がした。『』が悲鳴を上げる。『』の腕が蔓のように伸びて捩じれていく。
強烈な悲鳴と共に、温かい赤い水が『』の体から噴き出した。鉄の錆びる嫌な臭いが辺りに広がった。森の主は驚いて締めていた蔓を弛めた。ゴト、と地面に落ちた腕はあちこち歪んでいて、『』と繋がっていた部分は千切れている。
森の主は慌てて落ちた腕を拾い上げ、千切れた場所へ戻した。
けれど、赤い水で濡れてしまったそこは、何度くっ付けても繋がらない。
か細い声で『』は言った。“タス…ケテ”と。
もう一人のヒトが『』に駆け寄り、何かを喋っている。再び主は蔓の先を切られてしまった。だが、蔓を切ったその手が光を操り、『』の赤い水を止めていく。苦しそうに歪んでいた『』の表情が少しずつ和らいでいく。
もう、主に蔓を伸ばす勇気は無かった。去っていく二人の背を茫然と見つめた。『』の無事を祈りながら。
幾時も、幾時も、森の主は待ち続けた。
そして気づいた。『』が森の主の下へ訪れることはもう無いであろう、と。
ただ、悲しかった。それでもまだ一婁の希望を持つ己の姿が辛くて、やり切れなかった。
ざわざわと木々が揺れる。伸びた枝葉は蔓となり、幾重にも森の主を覆っていく。森全体を覆い尽くす蔓は侵入するものを拒むように、縺れながら伸びていく。雁字搦めに互いを絡ませ合い、次第に蔓だけの森になった。
蔓の表皮には無数の突起が現れていた。やがてその全てが触れるものを傷つける鋭い棘へと変貌した。
小高い丘の向こう側に、森の主は存在した。主に実体はなく、代わりに森の植物を意のままに動かすことが出来た。森自体が主の身体だとも言えた。
主は森の木々を繁らせ、その枝葉の先に豊かな果を実らせた。また、地面の上でそよぐ草達の花を綺麗に咲かせもした。そんな花や果実を求め、小さな鳥や動物たちが森の主の下を代わる代わる訪れた。
或る時、森の主は見慣れぬ生き物を見つけた。ヒト、と呼ばれるその動物は森の主の下へやって来て、足元に咲く草花に感嘆した。その表情が綻ぶ姿が、主にはまるで初めて見る美しい花が咲いていく様で。
その新鮮さに森の主は心が動かされた。
戯れに、樹上に生る果実をひとつ、ヒトの前に落としてみると、また嬉しそうに顔を綻ばせ、お礼にヒトは自らの名を森の主に教えて去って行った。
種族を区別するモノなら知っているが。個体を区別する、名前、というものが有るのは知らなかった。新しいことを知る、というのがこれ程心を躍らせるものだと、森の主は初めて知った。
最初に訪れたヒト『』は、それ以降、度々森の主の下を訪れるようになった。
森の主はその都度『』の色んな表情を見ようと、様々な事を試みた。例えば、『』の声に合わせて枝葉を揺らしてみたり、草花を躍らせてみたり。
一番の力作は、樹木の根を盛り上がらせて『』と同じ形を造ったことだ。勿論、森の主にはそれを自由に動かす事ができる。初めは『』も面白がっていた。楽しげに声を上げて、次第に声は荒く聞こえた。
去っていく『』の顔は、森の主には笑っているように見えた。
けれど。以来『』は森の主の下へ来なくなった。
随分と時が経ってから、『』が森の主の下を訪れた。
小さかった体は大きくなり、『』の体にも実が生っている。森の主は全ての根が地面から這い出してしまいそうな勢いで、大層喜んだ。何よりもまた『』に会えたことが嬉しかったのだ。けれど、『』はそれ以上主の下へは近寄って来ない。
どうしたのだろう。怪訝に思う主は枝葉を蔓に変え、『』の体に伸ばした。途端。
鋭いナイフが主の伸ばした蔓をバッサリ切り落とした。
森の主は唖然とした。全く訳が分からない。何故こんな事になったのか、何故こんな事をされるのか。
森の奥では相変わらず巨樹の化け物が立っていた。乙女を少女だと認識すると、直ぐに枝蔓を伸ばして彼女を取り込もうとする。
青年は咄嗟に乙女を庇い、剣で対抗した。化け物は青年を排除しようと襲い掛かってきた。応戦するも青年は化け物に弾き飛ばされ、倒れてしまった。
乙女は悲鳴を上げて逃げ出した。化け物は執拗に追いかける。蔓が彼女の腕を捕らえ、強引に引き寄せた。締め付ける蔓の力に腕がへし折れる。そのまま片腕を化け物に持っていかれてしまった。
息も絶え絶えに乙女は血を流して倒れた。青年は彼女の絶叫で意識を取り戻した。残る渾身の力で立ち憚る化け物を断ち斬って、彼女に駆け寄った。
腕を奪い返した青年は、神に祈った。祈りは眩い光に変わり、乙女を包み込んだ。すると腕は不思議な力で修復され、元の姿に戻ったのだ。
巨樹は化け物から、只の朽ちかけた大木に戻った。
乙女と青年は互いに手を取り合い、人々の元へ戻った。そうして二人は強い絆で結ばれ、皆が豊かに暮らせるように町の礎を築いていった。
「まあ、概ねこんな感じだったと思うよ。」
少し気恥ずかしげにコルは言った。一部脚色してあるから、
森の奥では相変わらず巨樹の化け物が立っていた。乙女を少女だと認識すると、直ぐに枝蔓を伸ばして彼女を取り込もうとする。
青年は咄嗟に乙女を庇い、剣で対抗した。化け物は青年を排除しようと襲い掛かってきた。応戦するも青年は化け物に弾き飛ばされ、倒れてしまった。
乙女は悲鳴を上げて逃げ出した。化け物は執拗に追いかける。蔓が彼女の腕を捕らえ、強引に引き寄せた。締め付ける蔓の力に腕がへし折れる。そのまま片腕を化け物に持っていかれてしまった。
息も絶え絶えに乙女は血を流して倒れた。青年は彼女の絶叫で意識を取り戻した。残る渾身の力で立ち憚る化け物を断ち斬って、彼女に駆け寄った。
腕を奪い返した青年は、神に祈った。祈りは眩い光に変わり、乙女を包み込んだ。すると腕は不思議な力で修復され、元の姿に戻ったのだ。
巨樹は化け物から、只の朽ちかけた大木に戻った。
乙女と青年は互いに手を取り合い、人々の元へ戻った。そうして二人は強い絆で結ばれ、皆が豊かに暮らせるように街の礎を築いていった。
「まあ、概ねこんな感じだったと思うよ。」
少し気恥ずかしげにコルは言った。一部脚色してあるから、
森の奥では相変わらず巨樹の化け物が立っていた。乙女を少女だと認識すると、直ぐに枝蔓を伸ばして彼女を取り込もうとする。
青年は咄嗟に乙女を庇い、剣で対抗した。化け物は青年を排除しようと襲い掛かってきた。応戦するも青年は化け物に弾き飛ばされ、倒れてしまった。
乙女は悲鳴を上げて逃げ出した。化け物は執拗に追いかける。蔓が彼女の腕を捕らえ、
残る渾身の力で襲い掛かる化け物を断ち斬った
動かなくなった化け物を後に、二人は
森は化け物の瘴気でそこいら中が鋭いトゲを持つ茨に変わってしまった。
それ以来、人は
幸い、少女は無事に一人で森から戻る事が出来た。その為、誰も彼女が禁忌を犯したとは気づかなかった。少女は大人達に怒られるのを恐れ、迷い込んでしまった事を告げなかった。
けれど、度々少女は姿をくらまし、戻ってくると腕には珍しい花や木の実、そして果物が抱えられていた。
大人達は訝しんで、少女に尋ねた。「何処でそれらを手に入れたのか」を。
少女は中々答えようとしなかった。無理もない話だ。何故ならそれらは、入ってはいけない森の奥で手に入れた物だったから。
少女の行為を知った大人達は酷く彼女を叱った。少女は叱責に耐えきれず、飛び出して森の奥へと逃げた。
けれども、その時になってそれが間違いだったと初めて理解した。
森の奥で花を降らせたり、果物を実らせ与えてくれた巨大な大樹は、幹の一部を変形ささせて、人を模した物体を造った。そうして木の幹から出てきた人間擬きは、少女の腕を掴んだ。強引とも言えるその力は少女を逃さず、恐怖で彼女は悲鳴を上げる。
その甲高い声に驚いたのは巨樹の方だった。僅かに力が緩んだ隙に、少女は全力で振りほどき、一目散に森の外へと逃げ出した。走って走ってどうにか振り切れた少女は、心配した大人逹に迎え入れられ、事なきを得た。
少女の腕には呪いの様に締め付けられた痕がずっと残っていた。
時が流れて少女は、美しい乙女となった。
徐々にこの土地での暮らしが定着していたものの、年々痩せていく大地の恵みに皆は困窮していた。そんな折り、立ち寄っていた旅団の占い師が占言する。
古よりこの地に棲む主《マガモノ》の怒りが元凶にある、と。
天変地異が起こるのも、かつての少女がもたらした、巨樹の怒りが未だに収まっていないからだど、皆口々に言う様になった。
森は、人が近付くだけでもざわざわと木々を揺らし、威嚇する。恵みを得る事が出来なければ、皆飢え死にしてしまう。
乙女は責任を感じ、巨樹の化け物を鎮めに一人で森の奥へと向かう決意をした。そんな彼女の勇気に感嘆した旅団の青年は言う。君の力になる、と。共に向かおうと申し出た。
徐々にこの土地での暮らしが定着していたものの、年々痩せていく大地の恵みに皆は困窮していた。そんな折り、立ち寄っていた旅団の占い師が占言する。
古よりこの地に棲む主《マガモノ》の怒りが元凶にある、と。
天変地異が起こるのも、かつての少女がもたらした、巨樹の怒りが未だに収まっていないから
乙女は責任を感じ、巨樹の化け物を鎮めに一人で森の奥へと向かう決意をした。そんな彼女の勇気に感嘆した旅団の青年は共に向かおうと申し出た。
無関係の青年を巻き込む訳にはいかないと乙女は断ったが、
森の奥では相変わらず巨樹の化け物が立っていた。乙女を少女だと認識すると、直ぐに枝蔓を
徐々にこの土地での暮らしが定着していたものの、年々痩せていく大地の恵みに皆は困窮していた。そんな折り、立ち寄っていた旅団の占い師が進言する。
古よりこの地に棲む主《マガモノ》の怒りが元凶にある、と。
天変地異が起こるのも、かつての少女がもたらした、巨樹の怒りが未だに収まっていないから
徐々にこの土地での暮らしが定着していたものの、年々痩せていく大地の恵みに皆は困窮していた。そんな折り、立ち寄っていた旅団の占い師が進言する。
古よりこの地に棲む主の怒りが元凶にある、と。
天変地異が起こるのも、かつての少女がもたらした、巨樹の怒りが未だに収まっていないから
けれども、その時になってそれが間違いだったと初めて理解した。
森の奥で花を降らせたり、果物を実らせ与えてくれた巨大な大樹は、幹の一部を変形ささせて、人を模した物体を造った。そうして木の幹から出てきた人間擬きは、少女の腕を掴んだ。強引とも言えるその力は少女を逃さず、恐怖で彼女は悲鳴を上げる。
その甲高い声に驚いたのは巨樹の方だった。僅かに力が緩んだ隙に、少女は全力で振りほどき、一目散に森の外へと逃げ出した。走って走ってどうにか振り切れた少女は、心配した大人逹に迎え入れられ、事なきを得た。
少女の腕には呪いの様に締め付けられた痕がずっと残っていた。
時が流れて少女は、美しい乙女となった。
徐々にこの土地での暮らしが定着していたものの、年々痩せていく大地の恵みに皆は困窮していた。そんな折り、旅団で立ち寄っていた占い師が大きな災いを予言する。
古よりこの地に棲む主の怒りが元凶にある、と。
天変地異が起こるのも、かつての少女がもたらした、巨樹の怒りが未だに収まっていないからだど、皆口々に言うようになった。
森は人が近付くだけでもざわざわと木々を揺らし、威嚇する。恵みを得る事が出来なければ、皆飢え死にしてしまう。
乙女は責任を感じ、巨樹の化け物を鎮めに一人森の奥へと向かう決意をした。そんな彼女の勇気に感嘆した旅団の青年は、を奮い起たせ、
旅の途中で立ち寄っていた青年は、、青年は後を追った。
森の奥では相変わらず巨樹の化け物が立っていた。乙女を少女だと認識すると、直ぐに枝蔓を伸ばして乙女を取り込もうとする。
青年は咄嗟に乙女を庇い、勇敢にも化け物と対峙した。化け物は、
残る渾身の力で襲い掛かる化け物を断ち斬った
動かなくなった化け物を後に、二人は
森は化け物の瘴気でそこいら中が鋭いトゲを持つ茨に変わってしまった。
それ以来、人は
幸い、少女は無事に一人で森から戻れた為、誰も彼女が禁忌を犯したとは気づかなかった。少女は大人達に怒られるのを恐れ、迷い込んでしまった事を告げなかった。
けれど、度々少女の腕には珍しい花や木の実、そして果物が抱えられていた。
大人達は訝しんで、少女に尋ねた。「何処でそれらを手に入れたのか」を。
少女は中々答えようとしなかった。無理もない話だ。だってそれらは森の奥で手に入れた物だったから。
大人達の叱責に少女は耐えきれず、森の奥へと逃げた。けれども、それが間違いだったと初めて理解した。
森の奥で花を降らせたり、果物を実らせ与えてくれた巨大な大樹は、幹の一部を変形ささせて、人を模した物体を造った。そうして木の幹から出てきた人間擬きは、少女の腕を掴んだ。あまりの強い力に少女は驚いて、悲鳴を上げると共に全力で振りほどき、一目散に森の外へと逃げ出した。走って走ってどうにか振り切れた少女は
少女の腕には呪いの様に締め付けられた痕がずっと残っていた。
時が流れて少女は、美しい乙女となった。
天変地異が起こるのも、かつての少女がもたらした巨樹の怒りが未だに収まっていないからだど、皆口々に言うようになった。
巨樹の化け物を鎮めに、乙女は勇気を奮い起たせ、一人森の奥へと向かう。そんな彼女を心配し、青年は後を追った。
森の奥では相変わらず巨樹の化け物が立っていた。乙女を少女だと認識すると、直ぐに枝蔓を伸ばして乙女を取り込もうとする。
青年は咄嗟に乙女を庇い、勇敢にも化け物と対峙した。化け物は、
残る渾身の力で襲い掛かる化け物を断ち斬った
動かなくなった化け物を後に、二人は
森は化け物の瘴気でそこいら中が鋭いトゲを持つ茨に変わってしまった。
それ以来、人は
それ以来、人は
青年は咄嗟に乙女を庇い、勇敢にも化け物と対峙した。化け物は、
残る渾身の力で襲い掛かる化け物を断ち斬った
動かなくなった化け物を後に、二人は
天変地異が起こるのも、かつての少女がもたらした巨樹の怒りが未だに収まっていないからだど、皆口々に言うようになった。
巨樹の化け物を鎮めに、乙女は勇気を奮い起たせ、一人森の奥へと向かう。そんな彼女を心配し、青年は後を追った。
少女の腕には呪いの様に締め付けられた痕がずっと残っていた。
森の奥で花を降らせたり、果物を実らせ与えてくれた巨大な大樹は、幹の一部を変形ささせて、人を模した物体を造った。そうして木の幹から出てきた人間擬きは、少女の腕を掴んだ。
人々がまだこの地に定着する前の時代。一人の少女が深い森に迷い込んでしまった。当時、森は人が立ち入ってはいけない領域とされていて、掟を破ると恐ろしい事が起こると謂われていた。
幸い、少女は無事に一人で森から戻れた為、誰も彼女が禁忌を犯したとは気づかなかった。少女は大人達に起こられるのを恐れ、迷い込んでしまった事を告げなかった。
けれど、度々少女の腕には珍しい花や木の実、そして果物が抱えられていた。
大人達は訝しんで、少女に尋ねた。「何処でそれらを手に入れたのか」を。
少女は
町の創成を行った青年と乙女の伝説は知っているかな。」
かつて人々が恐れていた、大樹の姿をした森の化け物を倒し、救ったのが古の勇者と呼ばれる町の創立者である。森の化け物の元まで危険を顧みずに案内した乙女女と後に結ばれ、二人は人々が豊かに暮らせるように尽力した、と歴史には刻まれていた。
。
人々がまだこの地に定着する前の時代。一人の少女が深い森に迷い込んでしまった。当時、森は人が立ち入ってはいけない領域とされていて、掟を破ると恐ろしい事が起こると謂われていた。
幸い、少女は無事に一人で森から戻れた為、誰も彼女が禁忌を犯したとは気づかなかった。少女は大人達に起こられるのを恐れ、迷い込んでしまった事を告げなかった。
けれど、度々少女の腕には珍しい花や木の実、そして果物が抱えられていた。
大人達は訝しんで、少女に尋ねた。「何処でそれらを手に入れたのか」を。
少女は
町の創成を行った青年と乙女の伝説は知っているかな。」
かつて人々が恐れていた、大樹の姿をした森の化け物を倒し、救ったのが古の勇者と呼ばれる町の創立者である。森の化け物の元まで危険を顧みずに案内した乙女女と後に結ばれ、二人は人々が豊かに暮らせるように尽力した、と歴史には刻まれていた。
。
「モナちゃん。誘ってくれて有難う。けれどね、行くんだったらもっと同じ年頃の子達と行った方が良いんじゃないかな。」
やんわりとコルは断った。偏屈者の出る幕ではないし、第一森の事が気がかりだ。街道の通った現在は、不用意に人間が奥へ立ち入る事は減ったけれど。まだ街道が無かった時代は、祭りの度に度胸試しで森の主を捜し荒らしに入ってくる馬鹿者どもが後を絶たなかった。その都度つまらぬ諍いで森は傷つき続けていた。
今は出来る限り、そういうのは避けておきたい。
シュン、と分かりやすく落ち込むモナを励ます為に、コルは例の花に手を伸ばす。
「代わりにコレを君にあげよう。」
テーブルに飾ってあったドライフラワーを取って、モナに差し出す。仄かな香が優しく鼻腔を擽った。珍しい物だとすぐに彼女も気付いたらしい。驚きに丸くした目で、いいの?と問いかけてくる。
勿論。とコルは頷き返した。そして、人差し指を口唇の前に立てて、御願い事の合図を送る。
「此処での話は二人だけの秘密にしてくれるかな。」
彼女も瞳をキラキラさせて、大きく頷いた。コルは念を押すように、昨日の『森の主』の話も内緒だよと囁く。
「じゃあ今日は、町の広場にある銅像の話をしようか。」
「それなら知っているわ。大昔にこの町を作ったとされる若者と乙女の像でしょう?」
「そうだよ。それを詳しく話してあげよう。」
コルが話すとなれば、知っている内容でも違う内容に聞こえるかもしれない。そう考えると、モナは思わず身を乗り出してしまった。
でも、警戒心丸出しのモナの視線にリューは二の足を踏めなくなった。数年数カ月前までこんな筈じゃなかったのに。気持ちも萎え、だからか言わなくていい言葉をつい口走ってしまった。
「それより、お前はまたあの爺さんの所へ言ってたのかよ。」
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
間髪入れずに返してくる。リューはその言葉に、露骨といえる嫌な顔を見せた。
「何? まだ何か用がある?」
苛立たし気にモナは問い詰める。リューはそんなモナの態度に流石に我慢の限界を超えた。
「あんな偏屈爺さんから何を学んでいるのか知らねえけどな。丘向こうの廃城跡くらい、役には立たねえよ!」
捨て台詞を吐いて、リューはその場から走り去っていく。
「何なのよっ! あれ。」
子供みたいに癇癪起こして走り去るリューに、モナは呆れて空いた口が塞がらなかった。一体彼は何をしたかったのだろう。
だが、もうモナにはどうでもいい事だ。溜め息を吐き出し、害された気分にケリをつける。昔から人とは違うものに興味を抱いてきたモナの心を満足させてくれるのは、今の所、コルの聞かせてくれる物語だけだ。
でも。祭りがあるなら、コルさんを誘ってみようかな。
折角だし、と気持ちを切り替えて、モナは楽し気に坂道を登って行った。
翌日。思った通り、モナはコルの家へやってきた。
「こんにちは。コルさん。」
「やあ。今日は早いね。」
扉を開いて招き入れる。部屋の中には先日摘んだ花がドライフラワーになってテーブルに飾ってあった。
「茸のシチュー、とても美味しかったよ。有難う。」
コルは洗って乾かしてあった小鍋を取り、モナに返した。どう致しましてと微笑んで受け取るモナに、ドライミントの茶葉を取り出すと、目の前で湯を注ぎ入れる。
「あのね。今度町で大きなお祭りがあるの。良かったらコルさんも覗いてみませんか。」
香り立つ茶の匂いを嗅ぎながら、モナはそっと彼に提案してみた。祭りでは、各地の掘り出し物が彼方此方で売られる。中には彼の気を引くものがあるかもしれない。
「そうか。もうそんな時期なんだね。」
コルは荷物を森の若主に預け、周辺の手入れ作業に勤しんだ。ある程度までやると、残りは森の若主自体が力を付けれる様にと置いておいた。
尤も、この樹木を『森の主』だと考えているのは、今のところコルだけだ。かつてそう呼ばれた化け物は、今の町がまだ小さな村だった頃に切り倒され、焼き尽くされている。
「さてと。」
休憩を終えると、コルは立ち上がり帰り支度を始めた。明日にはまたモナが家に来るかもしれない。新しい物語をせがまれる前に、何かいい話はないか探しておく必要がある。そう思うのは、ネタに困ってつい森の主の事を話してしまったからだ。
今はもう、森の主を知っている者など居はしないだろうと思うものの。前の様に炎で全てが被い尽くされる光景はもう、見たくはない。そんな気持ちがコルの中にはあった。
町の連中には知られないよう、彼女には釘を刺しておかないといけないな。
その代わりという訳ではないが。本来交易でしか手に入らない珍しい花を、森の若主の足元から摘んで、コルは自分の家へと戻っていった。
森を通る街道から、広い牧草地と麦畑を突っ切る街道へ出たモナは、もう間もなく見えてくる町の境界橋を一目散で駆け抜けていった。なだらかな斜面を風が吹き渡っていく。
橋を越えれば、町の中心まではもうすぐだ。そこから高台の途中にある自分の家まで、モナは一直線に走っていく。
「モナッ!」
路地の途中、呼び止められてモナは振り返った。居たのは幼馴染みのアリウスだ。途端にモナの表情が呆れ顔へ変わっていく。
「何か用なの? リュー。」
横柄に声を返す。そんなモナの態度にアリウスこと、リューも不機嫌な顔を見せた。
「ああ。創立祭が近いだろ。だから。」
本当はモナを誘いたくて、リューはあれこれと準備をしていた。創成の伝説に則って、共に過ごしたい相手に銀細工を送る。掌には用意してきた花を模ったブローチが握られていた。それをモナが受け取れば、祭のパートナーとして認めて貰える。町に住む者なら誰でも知ってる習慣だった。
しみじみ感嘆の息を漏らして、少女は耳に残る余韻に浸る。
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
愛想よく、コルは笑い返した。町から毎日のように通ってくるこの少女は、いわばコルの話す物語のファンみたいな存在だ。彼女が訪れるようになって、かれこれ3カ月位は経つ。
町外れの森の中に佇む小さな一軒家、それがコルの住処だ。生まれ故郷の村を出て放浪し辿り着いた、終いの居場所である。住み始めた当初はそれなりに、町の連中も様子を見に訪れていたが。四半世紀も経つと偏屈者だの変わり者だのと言われ、訪れる者など無くなっていた。当の本人は気に留める事無く、気楽でちょうど良い暮らしが出来ている。他人に煩わされない日常は穏やかで、とても気に入っていた。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクを飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
「今日は茸のシチューを作ったの。コルさんの口に合えばいいんだけれど。」
そう言って、脇からシチューの入った小鍋を取り出し、テーブルに置く。
「いつも済まないな。そんなに気を使わなくても良いんだよ?」
「ううん。こっちこそ、いっつもコルさんの素敵なお話を聞かせて貰っているんだもの。」
その位は当然、と彼女は胸を張った。
モナを見送って、コルはいつもの見回りをする為に身支度を整えると家を出た。柵で囲った敷地の外に出れば、鬱蒼とした木々が生い茂る。街道沿いなら整備が為されて危険も少ないが、まだまだ森は人間にとっての領域外である。慣れた足取りで、コルは森の奥へ進んでいった。
ぽっかりと空いた空間には一本の樹が立っていた。他のどの樹木よりも高く伸び、頭一つ分飛び出している。コルはその樹の根元に立つと、遥か樹上を見上げた。
「随分大きくなったな。」
「それなら知っているわ。大昔にこの町を作ったとされる若者と乙女の像でしょう?」
「そうだよ。それを詳しく話してあげよう。」
コルが話すとなれば、知っている内容でも違う内容に聞こえるかもしれない。そう考えると、モナは思わず身を乗り出してしまった。
人々がまだこの地に定着する前の時代。一人の少女が深い森に迷い込んでしまった。当時、森は人が立ち入ってはいけない領域とされていて、掟を破ると恐ろしい事が起こると謂われていた。
少女は大人達に起こられるのを恐れ、迷い込んでしまった事を告げなかった。
町の創成を行った青年と乙女の伝説は知っているかな。」
かつて人々が恐れていた、大樹の姿をした森の化け物を倒し、救ったのが古の勇者と呼ばれる町の創立者である。森の化け物の元まで危険を顧みずに案内した乙女女と後に結ばれ、二人は人々が豊かに暮らせるように尽力した、と歴史には刻まれていた。
。
コルが話すとなれば、知っている内容でも違う内容に聞こえるかもしれない。そう考えると、モナは思わず身を乗り出してしまった。
人々がまだこの地に定着する前の時代。一人の少女が深い森に迷い込んでしまった。当時、森は人が立ち入ってはいけない領域とされていて、掟を破ると恐ろしい事が起こると謂われていた。
少女は大人達に起こられるのを恐れ、迷い込んでしまった事を告げなかった。
「じゃあ今日は、町の広場にある銅像の話をしようか。」
「それなら知っているわ。大昔にこの町を作ったとされる若者と乙女の像でしょう?」
町の創成を行った青年と乙女の伝説は知っているかな。」
かつて人々が恐れていた、大樹の姿をした森の化け物を倒し、救ったのが古の勇者と呼ばれる町の創立者である。森の化け物の元まで危険を顧みずに案内した乙女女と後に結ばれ、二人は人々が豊かに暮らせるように尽力した、と歴史には刻まれていた。
。
「モナちゃん。誘ってくれて有難う。けれどね、同じ行くならもっと同じ年頃の子達と行った方が良いんじゃないかな。」
やんわりとコルは断った。偏屈者の出る幕ではないし、第一森の事が気がかりだ。街道の通った現在は、不用意に人間が奥へ立ち入る事は減ったけれど。まだ街道が無かった時代は、祭りの度に度胸試しで森の主を捜し荒らしに入ってくる馬鹿者どもが後を絶たなかった。その都度つまらぬ諍いで森は傷つき続けていた。
今は出来る限り、そういうのは避けておきたい。
シュン、と分かりやすく落ち込むモナを励ます為に、コルは例の花に手を伸ばす。
「代わりにコレを君にあげよう。」
テーブルに飾ってあったドライフラワーを取って、モナに差し出す。仄かな香が優しく 珍しい物だとすぐに彼女も気付いたらしい。驚きに丸くした目で、いいの?と問いかけてくる。
勿論。とコルは頷き返した。そして、人差し指を口唇の前に立てて、その代わりと云わんばかりにウィンクを送った。
「此処での話は二人だけの秘密にしてくれるかな。」
彼女も瞳をキラキラさせて、大きく頷いた。
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
間髪入れずに返してくる。リューはその言葉に、露骨といえる嫌な顔を見せた。
「何? まだ何か用がある?」
苛立たし気にモナは問い詰める。リューはそんなモナの態度に流石に我慢の限界を超えた。
「あんな偏屈爺さんから何を学んでいるのか知らねえけどな。丘向こうの廃城跡くらい、役には立たねえよ!」
捨て台詞を吐いて、リューはその場から走り去っていく。
「何なのよっ! あれ。」
子供みたいに癇癪起こして走り去るリューに、モナは呆れて空いた口が塞がらなかった。一体彼は何をしたかったのだろう。
だが、もうモナにはどうでもいい事だ。害された気分にケリをつけて、溜め息を吐き出す。昔から人とは違うものに興味を抱いてきたモナの心を満足させてくれるのは、今の所、コルの聞かせてくれる物語だけだ。
でも。祭りがあるなら、コルさんを誘ってみようかな。
折角だし、と気持ちを切り替えて、モナは楽し気に坂道を登って行った。
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
間髪入れずに返してくる。リューはその言葉に、露骨といえる嫌な顔を見せた。
「何? まだ何か用がある?」
苛立たし気にモナは問い詰める。リューはそんなモナの態度に流石に我慢の限界を超えた。
「あんな偏屈爺さんから何を学んでいるのか知らねえけどな。丘向こうの廃城跡くらい、役には立たねえよ!」
捨て台詞を吐いて、リューはその場から走り去っていく。
「何なのよっ! あれ。」
子供みたいに癇癪起こして走り去るリューに、モナは呆れて空いた口が塞がらなかった。一体彼は何をしたかったのだろう。
だが、もうモナにはどうでもいい事だ。溜め息を吐いて踵を返し、再度坂道を上っていく。
昔から人とは違うものに興味を抱いてきたモナの心を満足させてくれるのは、今の所、コルの聞かせてくれる物語だけだ。
何をわからないけれどモナには関係のない話でしかなかった。
でも。祭りがあるなら、コルさんを誘ってみようかな。
気分を変えて、モナは楽し気に坂道を登って行った。
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
愛想よく、コルは笑い返した。町から毎日のように通ってくるこの少女は、いわばコルの話す物語のファンのような存在だ。かれこれ2ヶ月近くは経つ。
しかも今年は町の創立を祝う400年祭。いつも以上に賑やかで楽しく盛り上がると期待されている。
でも、警戒心丸出しのモナの視線にリューは二の足を踏めなくなった。数カ前までこんな筈じゃなかったのに。気持ちも萎え、だからか言わなくていい言葉をつい口走ってしまった。
しかも今年は町の創立を祝う400年祭。いつも以上に賑やかで楽しく盛り上がると期待されている。
「モナちゃん。誘ってくれて有難う。けれどね、同じ行くならもっと同じ年頃の子達と行った方が良いんじゃないかな。」
やんわりとコルは断った。偏屈者の出る幕ではないし、第一森の事が気がかりだ。街道の通った現在は、不用意に人間が奥へ立ち入る事は減ったけれど。まだ街道が無かった時代は、祭りの度に度胸試しで森の主を捜し荒らしに入ってくる馬鹿者どもが後を絶たなかった。その都度つまらぬ諍いで森は傷つき続けていた。
今は出来る限り、そういうのは避けておきたい。
シュン、と分かりやすく落ち込むモナを励ますように、
「代わりにコレを君にあげよう。」
テーブルに飾ってあったドライフラワーを取って、モナに差し出す。仄かな香が優しく 珍しい物だとすぐに彼女も気付いたらしい。驚きに丸くした目で、いいの?と問いかけてくる。
勿論。とコルは頷き返した。そして、人差し指を口唇の前に立てて、
「此処での話は二人だけの秘密にしてくれるかな。」
彼女も瞳をキラキラさせて、大きく頷いた。
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
間髪入れずに返してくる。リューはその言葉に、露骨といえる嫌な顔を見せた。
「何? まだ何か用がある?」
苛立たし気にモナは問い詰める。リューはそんなモナの態度に流石に我慢の限界を超えた。
「あんな偏屈爺さんから何を学んでいるのか知らねえけどな。丘向こうの廃城跡くらい、役には立たねえよ!」
捨て台詞を吐いて、リューはその場から走り去っていく。
かつて人々が恐れていた、大樹の姿をした森の化け物を倒し、救ったのが古の勇者と呼ばれる町の創立者である。森の化け物の元まで危険を顧みずに案内した少女と後に結ばれ、二人は人々が豊かに暮らせるように尽力した、と歴史には刻まれていた。
今でも町の広場には二人の銅像が建てられている位で。祭りはそんな英雄譚をなぞるものでもあった。
正直、モナは興味が湧かなかった。他の町の娘なら、それはそれでお姫様気分になるのかもしれないが。昔から人とは違うものに興味を抱いてきたモナの心を満足させてくれるのは、今の所、コルの聞かせてくれる物語だけだ。
何を癇癪起こしてリューが走り去ったのか、わからないけれどモナには関係のない話でしかなかった。
でも。祭りがあるなら、コルさんを誘ってみようかな。
気分を変えて、モナは楽し気に坂道を登って行った。
翌日。思った通り、モナはコルの家へやってきた。
「こんにちは。コルさん。」
「やあ。今日は早いね。」
扉を開いて招き入れる。部屋の中には先日摘んだ花がドライフラワーになってテーブルに飾ってあった。
「茸のシチュー、とても美味しかったよ。有難う。」
コルは洗って乾かしてあった小鍋を取り、モナに返した。どう致しましてと微笑んで受け取るモナに、ドライミントの茶葉を取り出すと、目の前で湯を注ぎ入れる。
「あのね。今度町で大きなお祭りがあるの。良かったらコルさんも覗いてみませんか。」
香り立つ茶の匂いを嗅ぎながら、モナはそっと彼に提案してみた。祭りでは、各地の掘り出し物が彼方此方で売られる。中には彼の気を引くものがあるかもしれない。
「そうか。もうそんな時期なんだね。」
尤も、この樹木を『森の主』だと考えているのは、今のところコルだけだ。かつてそう呼ばれた化け物は、今の町がまだ小さな村だった頃に切り倒され、焼き尽くされている。
「さてと。」
休憩を終えると、コルは立ち上がり帰り支度を始めた。明日にはまたモナが家に来るかもしれない。新しい物語をせがまれる前に、何かいいネタはないか探しておかないといけない。
話のネタに困ってつい、森の主の事を話してしまった。今はもう、森の主を知っている者など居はしないだろうと思うものの。前の様に炎で全てが被い尽くされる光景はもう、見たくはない。そんな気持ちがコルの中にはあった。
町の連中には知られないよう、彼女には釘を刺しておかないといけないな。
その代わりという訳ではないが。本来交易でしか手に入らない珍しい花を、森の若主の足元から摘んで、コルは自分の家へと戻っていった。
森を通る街道から、広い牧草地と麦畑を突っ切る街道へ出たモナは、もう間もなく見えてくる町の境界橋を一目散で駆け抜けていった。なだらかな斜面を風が吹き渡っていく。
橋を越えれば、町の中心まではもうすぐだ。そこから高台の途中にある自分の家まで、モナは一直線に走っていく。
「モナッ!」
路地の途中、呼び止められてモナは振り返った。居たのは幼馴染みのアリウスだ。途端にモナの表情が呆れ顔へ変わっていく。
「何か用なの? リュー。」
横柄に声を返す。そんなモナの態度にアリウスこと、リューも不機嫌な顔を見せた。
「ああ。創立祭が近いだろ。だから。」
本当はモナを誘いたくて、リューはあれこれと準備をしていた。古の勇者に則って、共に過ごしたい相手に送る銀細工を手渡そうと握っていた。それを受け取れば、祭のパートナーとして認めて貰える。町に住む者なら誰でも知ってる習慣だった。
しかも今年は町の創立を祝う400年祭。いつも以上に賑やかで楽しく盛り上がると期待されている。
でも、警戒心丸出しのモナの視線にリューは二の足を踏めなくなった。数年前までこんな筈じゃなかったのに。気持ちも萎え、だからか言わなくていい言葉をつい口走ってしまった。
村に戻ったモナは早速聴いた話を詩うたに直す為に、自分の詞ことばで書き起こした。
「モナッ!」
自室の窓の外、名を呼ぶ声にモナは顔をあげた。窓の下、立っていたのは幼馴染みのリューだ。毎度の事に呆れた顔で、モナはリューに言葉を返す。
「今日はもう仕事は済んだの?」
尤も、この樹木を『森の主』だと考えているのは、今のところコルだけだ。かつてそう呼ばれた化け物は、今の町がまだ小さな村だった頃に切り倒され、焼き尽くされている。
「さてと。」
休憩を終えると、コルは立ち上がり帰り支度を始めた。明日にはまたモナが家に来るかもしれない。話のネタに困ってつい、森の主の事を話してしまったが。町の連中には知られないよう、彼女には釘を刺しておこう。
その代わりという訳ではないが。本来交易でしか手に入らない珍しい花を、森の若主の足元から摘んで、コルは自分の家へと戻っていった。
尤も、この樹木を『森の主』だと考えているのは、今のところコルだけだ。かつてそう呼ばれた化け物は、今の町がまだ小さな村だった頃に切り倒され、焼き尽くされている。
「さてと。」
休憩を終えると、コルは立ち上がり
コルは荷物を森の若主に預け、周辺の手入れ作業に勤しんだ。ある程度までやると、残りは森の若主自体が力を付けれる様にと置いておいた。
尤も、この樹木を『森の主』だと考えているのは、今のところコルだけだ。かつてそう呼ばれた化け物は、今の町がまだ小さな村だった頃に切り倒され、焼き尽くされている。
しみじみ感嘆の息を漏らして、少女は耳に残る余韻に浸る。
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
愛想よく、コルは笑い返した。町から毎日のように通ってくるこの少女は、いわばコルの話す物語のファンのような存在だ。かれこれ一年近くは経つ。
町外れの森の中に佇む小さな一軒家は、コルにとってはほぼ生まれ故郷といえる場所だ。住み始めた当初はそれなりに町の連中も様子を見に訪れていたが。四半世紀も経つと偏屈者だの変わり者だのと言われ、変わっていた。当の本人は気に留める事無く、気楽でちょうど都合が良い。他人に煩わされない日常は穏やかで、とても気に入っている。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクをぐい、と飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
「今日は茸のシチューを作ったの。コルさんの口に合えばいいんだけれど。」
そう言って、脇からシチューの入った小鍋を取り出した。
「いつも済まないな。そんなに気を使わなくても良いんだよ?」
「ううん。こっちこそ、いっつもコルさんの素敵なお話を聞かせて貰っているんだもの。」
その位は当然、と彼女は胸を張った。
モナを見送って、コルはいつもの見回りをする為に身支度を整えると家を出た。柵で囲った敷地の外に出れば、鬱蒼とした木々が生い茂る。街道沿いなら整備が為されて危険も少ないが、まだまだ森は人間にとって領域外である。慣れた足取りで、コルは森の奥へ進んでいった。
ぽっかりと空いた空間には一本の樹が立っていた。他のどの樹木よりも高く伸び、頭一つ分飛び出している。コルはその樹の根元に立つと、遥か樹上を見上げた。
「随分大きくなったな。」
優しく樹幹を撫で、柔らかく微笑みかけた。植えてからはまだ20数年しか経っていないが、その風貌はもうすっかり森の主に相応しくなっている。樹はコルに応えるように梢をざわつかせた。
しみじみ感嘆の息を漏らして、少女は耳に残る余韻に浸る。
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
愛想よく、コルは笑い返した。町から毎日のように通ってくるこの少女は、いわばコルの話す物語のファンのような存在だ。かれこれ一年近くは経つ。
町外れの森の中に佇む小さな一軒家は、コルにとってはほぼ生まれ故郷といえる場所だ。住み始めた当初はそれなりに町の連中も様子を見に訪れていたが。四半世紀も経つと偏屈者だの変わり者だのと言われ、変わっていた。当の本人は気に留める事無く、気楽でちょうど都合が良い。他人に煩わされない日常は穏やかで、とても気に入っている。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクをぐい、と飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
「今日は茸のシチューを作ったの。コルさんの口に合えばいいんだけれど。」
そう言って、脇からシチューの入った小鍋を取り出した。
「いつも済まないな。そんなに気を使わなくても良いんだよ?」
「ううん。こっちこそ、いっつもコルさんの素敵なお話を聞かせて貰っているんだもの。」
その位は当然、と彼女は胸を張った。
モナを見送って、コルはいつもの見回りをする為に身支度を整えると家を出た。柵で囲った敷地の外に出れば、鬱蒼とした木々が生い茂る。
しみじみ感嘆の息を漏らして、少女は耳に残る余韻に浸る。
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
愛想よく、コルは笑い返した。町から毎日のように通ってくるこの少女は、いわばコルの話す物語のファンのような存在だ。かれこれ一年近くは経つ。
町外れの森の中に佇む小さな一軒家は、コルにとってはほぼ生まれ故郷といえる場所だ。住み始めた当初はそれなりに町の連中も様子を見に訪れていたが。四半世紀も経つと偏屈者だの変わり者だのと言われ、変わっていた。当の本人は気に留める事無く、気楽でちょうど都合が良い。他人に煩わされない日常は穏やかで、とても気に入っている。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクをぐい、と飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
「今日は茸のシチューを作ったの。コルさんの口に合えばいいんだけれど。」
そう言って、脇からシチューの入った小鍋を取り出した。
「いつも済まないな。そんなに気を使わなくても良いんだよ?」
「ううん。こっちこそ、いっつもコルさんの素敵なお話を聞かせて貰っているんだもの。」
その位は当然、と彼女は胸を張った。
モナを見送って、コルはいつもの見回りをする為に身支度を整えると家を出た。柵で囲った敷地の外に出れば、鬱蒼とした木々が生い茂る。
あんな風に言い合いたいわけじゃないのに。この頃はずっと顔を突き合わす度にケンカになっている。
握ったままの手をポケットに突っ込み、リューは歩き出した。本当はモナの喜んでいる笑顔が見たくて、この銀細工を髪飾りにするかペンダントにするか相談したかったのだ。でも彼女は専らあの爺さんに首ったけで、それが余計にリューの気持ちを焦らせる。
漸くムシャクシャした気持ちに整理がついたのは、随分経ってからだ。
本当は、モナもリューと話をしたいのだ。出来れば物語を聴かせたい。
でも。
頭を悩ましてまた枕に顔を埋める。
「リューは全っ然、話を聞いてくれないし!」
ボスンと枕を殴り付け、またモナは不貞腐れた。いっぱい物語を聞いて貰いたい、肝心の相手は、
翌日も元気にモナはコルの家を訪れていた
漸くムシャクシャした気持ちに整理がついたのは、随分経ってからだ。
本当は、モナもリューと話をしたいのだ。出来れば物語を聴かせたい。
でも。
頭を悩ましてまた枕に顔を埋める。
「リューは全然、話を聞いてくれないし!」
ボスンと枕を殴り付け
翌日も元気にモナはコルの家を訪れていた
あんな風に言い合いたいわけじゃないのに。この頃はずっと顔を突き合わす度にケンカになっている。
握ったままの手をポケットに突っ込み、リューは歩き出した。本当はモナの喜んでいる笑顔が見たくて、この銀細工を髪飾りにするかペンダントにするか相談したかった。でも彼女は専らあの爺さんに首ったけで、それが余計にリューの気持ちを焦らせる。
漸くムシャクシャした気持ちに整理がついたのは、随分経ってからだ。モナは相変わらず突っ伏したまま、幼馴染みのリューの事を考えた。
いつからだろう、こんな風にいがみ合う様になってしまったのは。前は、それでも仲良かった気がする。別にケンカをしたい訳じゃないし、仲良くしたい。分かって欲しい。
でも。
頭を悩ましてまた枕に顔を埋める。大声で叫ぶにはもってこいの体勢だが、
「リューは全っ然、話を聞いてくれないし。」
いっぱい話を聞いて貰いたいのに。
「モナッ!」
自室の窓の外、名を呼ぶ声にモナは顔をあげた。窓の下、立っていたのは幼馴染みのリューだ。毎度の事に呆れた顔で、モナはリューに言葉を返す。
「今日はもう仕事は済んだの?」
「当然だ。それよりお前はまたあの爺さんの所へ言ってたのかよ。」
まー失礼ね、とリューの口の悪さにモナは頬を膨らませた。
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
リューはその言葉に、露骨といえる嫌な顔を見せた。モナにはリューの気持ちがわからないし、師匠と決めて慕っているのはモナ自身である。
物語は誰かが弾き継いでこそ、意味があるもの。モナは軽く首を竦め、分からず屋のリューにヤレヤレといった表情を見せた。
いつもながら、それがリューの癪に障った。
「あんな偏屈爺さんから何を学んでいるのか知らねえけどな。丘向こうの廃城跡くらい、役には立たねえよ!」
「まあ! 本っ当に失礼ね! 彼処にも美しいお姫様の物語があるのに!」
あまりの彼の言い様に、モナは思い切り窓を閉めた。勢い良すぎて窓枠がたわむ程だ。あまりにムカついて流石に続きを書く気になれない。仕方がないので、モナはベッドに寝転び、顔を枕に埋めた。
「なーんでいっつもあんな言い方するのよ! リューのバカッ!」
枕相手に大声で喚く。地団駄の代わりに足をバタつかせ、暫くそのままにモナは気の済むまで暴れた。
一方で窓の下、リューことアリウス・オディリアンは開いた手のひらの中の銀細工を見つめ、遣る背無い気持ちでまた強く握り込んだ。
漸くムシャクシャした気持ちに整理がついたのは、随分経ってからだ。モナは相変わらず突っ伏したまま、幼馴染みのリューの事を考えた。
いつからだろう、こんな風にいがみ合う様になってしまったのは。前は、それでも仲良かった気がする。別にケンカをしたい訳じゃないし、仲良くしたい。分かって欲しい。
でも。
頭を悩ましてまた枕に顔を埋める。大声で叫ぶにはもってこいの体勢だが、
いっぱい話を聞いて貰いたいのに。
いつからだろう、こんな風にいがみ合う様になってしまったのは。前は、それでも仲良かった気がする。別にケンカをしたい訳じゃないし、仲良くしたい。分かって欲しい。
でも。
頭を悩ましてまた枕に顔を埋める。大声で叫ぶにはもってこいの体勢だが、
一方で窓の下、リューことアリウス・オディリアンは開いた手のひらの中の銀細工を見つめ、遣る背無い気持ちでまた強く握り込んだ。
一方で窓の下、リューことアリウス・掌に握ったままの銀細工を見つめ、
いつもながら、それがリュー
「あんな偏屈爺さんから何を学んでいるのか知らねえけどな。丘向こうの廃城跡くらい、役には立たねえよ!」
「まあ! 本っ当に失礼ね! 彼処にも美しいお姫様の物語があるのに!」
あまりの彼の言い様に、モナは思い切り窓を閉めた。勢い良すぎて窓枠がたわむ程だ。あまりにムカついて流石に続きを書く気になれない。仕方がないので、モナはベッドに寝転び、顔を枕に埋めた。
「なーんでいっつもあんな言い方するのよ! リューのバカッ!」
いつもながら、それがリュー
「あんな偏屈爺さんから何を学んでいるのか知らねえけどな。丘向こうの廃城跡くらい、役には立たねえよ!」
「まあ! 本っ当に失礼ね! 彼処にも美しいお姫様の物語があるのに!」
傷つくのを恐れ、人前に出ることが出来ずにいた臆病な姫君が、遠い異国の行商人から貰った花の種を胸に着けると、見えない茨が姫の身を取り囲み、害するものを遠ざけたという謂われがある城だった。
「モナッ!」
自室の窓の外、名を呼ぶ声にモナは顔をあげた。窓の下、立っていたのは幼馴染みのリューだ。毎度の事に呆れた顔で、モナはリューに言葉を返す。
「今日はもう仕事は済んだの?」
「当然だ。それよりお前はまたあの爺さんの所へ言ってたのかよ。」
まー失礼ね、とリューの口の悪さにモナは頬を膨らませた。
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
リューはその言葉に、露骨といえる嫌な顔を見せた。モナにはリューの気持ちがわからないし、師匠と決めて慕っているのはモナ自身である。
物語は誰かが弾き継いでこそ、意味があるもの。モナは
「モナッ!」
自室の窓の外、名を呼ぶ声にモナは顔をあげた。窓の下、立っていたのは幼馴染みのリューだ。毎度の事に呆れた顔で、モナはリューに言葉を返す。
「今日はもう仕事は済んだの?」
「当然だ。それよりお前はまたあの爺さんの所へ言ってたのかよ。」
まー失礼ね、とリューの口の悪さにモナは頬を膨らませた。
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
リューはその言葉に、露骨といえる嫌な顔を見せた。
物語は誰かが弾き継いでこそ、意味があるもの。そんな思いを持つモナには
気付けばお姫様の周りには誰も居なくなりました。
本当の孤独に飲まれてしまったお姫様は絶望します。そして蔓は絶望を糧に、更に勢いを増してあっという間に城を覆い尽くしました。そんな姫君の噂を聞き付けた心優しい王子様が、
果敢に挑んで行きます。茨の蔓を一つ一つ丁寧に、ほどいて前に進んで行きます。どれだけ茨に傷つけられても、諦める事なく、王子様はお姫様の元へ、着実に進んで行きました。
そんな王子様を心配して、大親友の勇敢な騎士は、後を追いかけてきました。
けれど茨に阻まれて、先へは進めません。騎士は蔓延る茨を剣で一刀両断にしました。
するとどうでしょう。切り口からは真っ赤な水が吹き出し、辺り一面赤く染まっていきます。
そんな王子様を心配して、大親友の勇敢な騎士は、後を追いかけてきました。
けれど茨に阻まれて、先へは進めません。騎士は蔓延る茨を剣で一刀両断にしました。
するとどうでしょう。切り口からは真っ赤な水が吹き出し、辺り一面赤く染まっていきます。
珍しい黒色の髪で白百合の様に美しく、両親や侍従からは愛でられて居りました。
けれど周りと違う髪色は、お姫様にとって不安でしかなく、他人の陰口に怯えて引き籠る日々を過ごしてました。
そして次第に誰にも会おうとしなくなります。
困り果てた王様はお妃様と一緒に、とある花売りの特別な花の種をお姫様に贈ります。
それはそれは花の持つ特別な“領域の力”で、他人の陰口が聴こえなくなる、とても不思議な薔薇の種で。花売りの説明では『種を胸に飾れば薔薇の結界が護ってくれる』という。
花売りは言いました。「これを姫様の胸に飾れば、姫様の不安は全て無くなります。」と。
お姫様は花の種を、恐る恐る胸に飾りました。すると驚くべき勢いで、種子から蔓が伸びていきます。
見る見るうちに、蔓はお姫様を取り囲みました。でも窮屈ではありません。蔓に触れようとお姫様が手を伸ばすと、その分だけ蔓も下がります。虹色の光沢を持つ透明な蔓は、お姫様にしか見えません。そして何より、怖いと思っていた人間の表情も、人間の声も、見えなく、聞こえなくなりました。
怖いものが無くなったお姫様は、自由気ままに動きます。
珍しい黒色の髪で白百合の様に美しく、両親からは愛されて居りました。
けれど周りと違う髪色を持つお姫様は、自分に自信が持てず、いつも他人の陰口に怯えて引きこもり。次第に誰にも会おうとしなくなりました。
困り果てた王様は、お妃様と一緒に花売りの持っていた花の種をお姫様に贈ります。
それは花の持つ領域の力で、他人の陰口が聴こえなくなる、とても不思議な薔薇の種で。花売りの説明では『種を胸に飾れば薔薇の結界が護ってくれる』という。
お姫様は花の種を、恐る恐る胸に飾りました。すると驚くべき勢いで、種子から蔓が伸びていきます。あっという間に、蔓はお姫様を取り囲みました。でも窮屈ではありません。蔓に触れようとお姫様が手を伸ばすと、その分だけ蔓も下がります。虹色の光沢を持つ透明な蔓は、お姫様にしか見えません。そして何より
気付けばお姫様の周りには誰も居なくなりました。
本当の孤独に飲まれてしまったお姫様は絶望します。そして蔓は絶望を糧に、更に勢いを増してあっという間に城を覆い尽くしました。そんな姫君の噂を聞き付けた心優しい王子様が、
それは花の持つ領域の力で、他人の陰口が聴こえなくなる、とても不思議な薔薇の種で。花売りが説明した様に、種を胸に飾れば薔薇の結界がお姫様を護ってくれる。
一人のお姫様がそこには居ました。
珍しい黒色の髪で白百合の様に美しく、両親からは愛されて居りました。
けれど周りと違う髪色を持つお姫様は、自分に自信が持てず、いつも他人の陰口に怯えて引きこもり、次第に誰にも会おうとしなくなりました。
「モナッ!」
自室の窓の外、名を呼ぶ声にモナは顔をあげた。窓の下、立っていたのは幼馴染みのリューだ。毎度の事に呆れた顔で、モナはリューに言葉を返す。
「今日はもう仕事は済んだの?」
「当然だ。それよりお前はまたあの爺さんの所へ言ってたのかよ。」
まー失礼ね、とリューの口の悪さにモナは頬を膨らませた。
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
物語は誰かが弾き継いでこそ、意味があるもの。
オディリアン
英語
アリウス
「モナッ!」
自室の窓の外、名を呼ぶ声にモナは顔をあげた。窓の下、立っていたのは幼馴染みのリューだ。毎度の事に呆れた顔で
「今日はもう鼓笛隊の練習は済んだの?」
「当然だ。それよりお前はまたあの爺さんの所へ言ってたのかよ。」
まー失礼ね、とリューの口の悪さに
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
「まあ! 失礼ね! 彼処にも美しいお姫様の物語があるのに!」
傷つくのを恐れ、人前に出ることが出来ずにいた臆病な姫君が、遠い異国の行商人から貰った花の種を胸に着けると、見えない茨が姫の身を取り囲み、害するものを遠ざけたという謂われがある城だった。
「まあ! 失礼ね! 彼処にも美しいお姫様の物語があるのに!」
誰も信じることが出来ず、臆病な姫君が遠い異国の行商人に。
よく聞いて欲しい、とコルは言った。樹瘤から出てきて、モナが面倒をみたいと言うなら、話しておく必要がある。そうコルは感じたのだ。
静かに呼吸を整える。そしてコルは男の歌を語り出した。
「モナッ!」
自室の窓の外、名を呼ぶ声にモナは顔をあげた。窓の下、立っていたのは幼馴染みのレントだ。毎度の事に呆れた顔で
「今日はもう鼓笛隊の練習は済んだの?」
「当然だ。それよりお前はまたあの爺さんの所へ言ってたのかよ。」
まー失礼ね、とレントの口の悪さに
「当たり前でしょ。師匠だもの。」
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
村外れの森の中に佇む風変りな老人の元に、少女が通い始めて一年が経つ。老人の名はコルテオ・ラッジョと言い、少女の名はモナトリケ・オルテスと言う。ともすれば曾孫ほど離れていそうな二人であったが、今ではすっかり仲の良い友人であり、理解者となっていた。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクをぐい、と飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
コルはモナの持参した鍋を釜にかけ、ゆっくりと掻き混ぜる。
「今日は茸のシチューだよ。コルさん、絶対食べてね。」
「ああ。いつも有難う。」
自信作だから、と明るくモナは笑った。それじゃあ帰るからと元気に席を立ち、扉を開けて外へ出る。
「また明日もお話聞かせてねー!」
そう手を振りながら、モナは走り去っていった。彼女を見送った後、火に薪をくべながらコルは昔祖母が言っていた言葉を思い返していた。
『いいかい、コル。化け物は己が化け物であることを知らないんだ。だから、不用意に近付いては駄目なんだよ。』
窓の外には、森の中でも一番の大木に育った樹木が見える。種子から植えてかれこれ四半世紀。随分と立派に育ったもんだと感心する。やはり森の主の力が宿っているからだろうかと、一人仄かに笑みを浮かべた。
かつての主の森は今、青々と木々が生い茂っていた。
温めたミルクのお代わりを孫に差し出し、祖母は手近な椅子に腰かける。
「いいかい、コル。化け物は己が化け物であることを知らないんだ。だから、不用意に近付いては駄目なんだよ。わかったかい。」
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
村外れの森の中に佇む風変りな老人の元に、少女が通い始めて一年が経つ。老人の名はコルテオ・ラッジョと言い、少女の名はモナトリケ・オルテスと言う。ともすれば曾孫ほど離れていそうな二人であったが、今ではすっかり仲の良い友人であり、理解者となっていた。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクをぐい、と飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
コルはモナの持参した鍋を釜にかけ、ゆっくりと掻き混ぜる。
「今日は茸のシチューだよ。コルさん、絶対食べてね。」
「ああ。いつも有難う。」
自信作だから、と明るくモナは笑った。それじゃあ帰るからと元気に席を立ち、扉を開けて外へ出る。
「また明日もお話聞かせてねー!」
そう手を振りながら、モナは走り去っていった。彼女を見送った後、火に薪をくべながらコルは昔祖母が言っていた言葉を思い返していた。
『いいかい、コル。化物ってのはね、己が化物だってことを知らないんだ。だから気を付けなきゃ駄目だよ。』
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
村外れの森の中に佇む風変りな老人の元に、少女が通い始めて一年が経つ。老人の名はコルテオ・ラッジョと言い、少女の名はモナトリケ・オルテスと言う。ともすれば曾孫ほど離れていそうな二人であったが、今ではすっかり仲の良い友人であり、理解者となっていた。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクをぐい、と飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
コルはモナの持参した鍋を釜にかけ、ゆっくりと掻き混ぜる。
「茸のシチュー温めておくから。コルさん、絶対食べてね。」
「ああ。いつも有難う。」
今日も自信作だよ、と明るくモナは笑った。それじゃあ帰るからと元気に席を立ち、扉を開けて外へ出る。
「また明日もお話聞かせてねー!」
そう手を振りながら、モナは走り去っていった。彼女を見送った後、火に薪をくべながらコルは昔祖母が言っていた言葉を思い返していた。
『いいかい、コル。化物ってのはね、己が化物だってことを知らないんだ。だから気を付けなきゃ駄目だよ。』
「やっぱり、いつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
村外れの森の中に佇む風変りな老人の元に、少女が通い始めて一年が経つ。老人の名はコルテオ・ラッジョと言い、少女の名はモナトリケ・オルテスと言う。ともすれば曾孫ほど離れていそうな二人であったが、今ではすっかり仲の良い見慣れた光景になっていた。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは手元のコップに残るミルクをぐい、と飲み干し、ごちそうさまとテーブルに置いた。
コルはモナの持参した鍋を釜にかけ、ゆっくりと掻き混ぜる。
「茸のシチュー温めておくから。コルさん、絶対食べてね。」
「ああ。いつも有難う。」
今日も自信作だよ、と明るくモナは笑った。それじゃあ帰るからと元気に席を立ち、扉を開けて外へ出る。
「また明日もお話聞かせてねー!」
そう手を振りながら、モナは走り去っていった。彼女を見送った後、火に薪をくべながらコルは昔祖母が言っていた言葉を思い返していた。
『いいかい、コル。化物ってのはね、己が化物だってことを知らないんだ。だから気を付けなきゃ駄目だよ。』
「やっぱりいつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
村外れの森の中に佇む風変りな老人の元に、少女が通い始めて一年が経つ。老人の名はコルテオ・ラッジョと言い、少女の名はモナトリケ・オルテスと言う。ともすれば曾孫ほど離れていそうな二人であったが、今ではすっかり仲の良い見慣れた光景になっていた。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。モナは差し入れに持ってきたシチューを竈にかけ、ゆっくりと掻き混ぜた。
「茸のシチュー温めておくから。コルさん、絶対食べてね。」
今日も自信作だよ、と明るくモナは笑った。それじゃあ帰るからと元気に席を立ち、扉を開けて外へ出る。
「また明日もお話聞かせてねー!」
そう手を振りながら、モナは走り去っていった。
「やっぱりいつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
村外れの森の中に佇む風変りな老人の元に、少女が通い始めて一年が経つ。老人の名はコルテオ・ラッジョと言い、少女の名はモナトリケ・オルテスと言う。ともすれば曾孫ほど離れていそうな二人であったが、今ではすっかり当たり前の光景になっていた。
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話して貰っていたな。」
コルもまた、しみじみと思い返して言った。
「やっぱりいつ聞いてもコルさんのお話はいいわぁ。」
「そうかい? そう言うのはモナちゃんだけだよ。」
すっかり
「まあ、元々は俺の祖母さんが語ってくれた物語だからね。昔はよく俺もねだって話してもらっていたからなぁ。」
また彼もしみじみと思い返して言った。
「ああ、そうだ。続きというわけじゃないが。ある吟遊詩人が語っていた話があってね。」
「どんな話なの?」
目をキラキラさせてモナはコルの
「そいつも同じ“森”の話だよ。」
森は、かつての形を失くした。そして生き物を寄せ付けない棘いばらの森へ変わっていった─
しみじみ感嘆の息を漏らして、少女は
それからかれこれ数十年。
子供だったコルが、コルテオ・ラッジョと名乗り、世界中を旅して再び故郷に近い森に辿り着き。住み始めてからも数十年が経っていた。
「コルお爺さん!!」
大きな樹洞跡の中で丸まっている黒い影が、微かに揺れた。芽吹いた草木が蔓を伸ばすように、黒い二本の影が天へ向けて伸ばされる。ゆっくりと、影の中から少女が姿を現した。
茨檻の森。かつてそこはそう呼ばれていた。少女が眠っていた樹洞跡は、“森の主”と呼ばれた巨樹が立ってい