有馬記念の思い出①オグリキャップのラストラン
- 2025/12/26 10:54:06
何かの本の帯に書いてあった。
武豊騎手が「みんなオグリキャップが好きですよね」
笠松からJRAに移籍して「ダービーの登録があれば・・」
と言われた逸材。
今まで何度か自分の日記に書いたものをまとめておこうかな。
1)獣医師は復活の可能性を考えていた
有馬記念の前までは天皇賞、ジャパンカップと惨敗。
「オグリは終わったね」と皆が思っていた。
獣医師は心拍数がジャパンカップのころまでは普通の馬レベルだったが
有馬記念の前は少ない心拍数に変化してきたと証言していた。
少ない心拍数=一度に送り出す血液量が多いのが強い馬の心臓だそうだ。
2)調教に変化が見られた
オグリの強い時は調教でも「さあ直線で加速」という時に、
首がガクンと下がる感じでぐいぐい加速していった。
ジャパンカップの頃までは普通に走っているだけだった。
有馬記念の前、わずかだが首が下がって加速していく感じだった。
⇒当時、勝てるかどうかはわからないが、もし勝ち負けになるレース
をするならば「これといった逃げ馬がおらず、ゆっくりしたレースを
前の方5~6番手につけて、徐々に進出、4角で先頭に並びかけ、後は
持ち前の根性で粘り切る」というのを想像していた。
3)オリンピック柔道銀メダリストの小川直也氏
当時JRAの職員。
1990年第35回有馬記念の時に場内警備として競馬場に居たそうだ。
入場者数は177,779名だったらしい。
立錐の余地もない、警備と言いながら動けない状況。
同僚の職員と単なる観客となってしまい、オグリが勝った時に
同僚と抱き合って喜んだそうだ。
その後、帰途につく観客の誘導などかなりの時間がかかったそうだ。
4)レース実況のフジテレビアナウンサーと大川慶次郎氏
予想していた感じでレースが流れて、さあ直線のたたき合い。
アナウンサーは「オグリ先頭!オグリ先頭!」と叫ぶ。
その隣の大川慶次郎氏はなぜか「ライアン」と渋い声で2回発声。
オグリが先頭でゴールするとアナウンサーは
「武豊、右手を上げた!」と実況したが・・
実は画面に向かって右手、であって実際の武豊騎手は左手
(観客に近い方)を上げていた。
あまり気づかれていなかった間違いを本人が後に語っていた。
5)関西テレビでは・・
当時、爺さんは大阪に住んでいたのでこれをフジテレビ系列の
関西テレビで見ていた。司会は宮川一朗太じゃなかったかな?
大阪の競馬好き男性芸人(名前忘れた)が
「こんな奴らにオグリが負けるもんか!」と泣き叫んでいた。
観客17万人が集まるイベントはそんなにはない。
勝った瞬間、「中山競馬場が揺れていた」そうだ。
オグリキャップは「馬のぬいぐるみ」が初めて発売された馬である。























ラストランは記憶しているのですが、その前の活躍をあまり覚えていないのです。
就職して、土日も仕事していたからかなあ。
引退して真っ白になったオグリには、牧場巡りツアーでお会いしましたよ。
雰囲気が仙人みたいでした。