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江戸時代中~後期の戯作者・田宮仲宜(たみやちゅうせん)が著した「随筆愚雑俎」(ずいひつぐざっそ)という書物の中には、「大船には鼠多くあるものなり。往古仏経の舶来せし時、船中の鼠を防がんために猫を乗せ来る事あり」 日本において最初に「ねこ」という言葉が文献上に登場する...
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たたら製鉄において全ての地域で鉄穴流しで砂鉄を収集していたわけではありません。川砂鉄や浜砂鉄を利用していた所もありました。 鉄穴流しが行われる以前は、風化した花崗岩などに縦穴を掘って土砂を採取し、川べりへ運んで洗って砂鉄を選別しました。後にこの土砂を川に置いた筵(むしろ...
鍋島の化け猫騒動 肥前国佐賀藩の2代藩主・鍋島光茂の時代。光茂の碁の相手を務めていた臣下の龍造寺又七郎が、光茂の機嫌を損ねたために斬殺され、又七郎の母も飼っていたネコに悲しみの胸中を語って自害。母の血を嘗めたネコが化け猫となり、城内に入り込んで毎晩のように光茂を苦しめる...
ついでに、磐梯山が「笹に黄金がなりさがる」山であるのかどうか、検証してみることにする。 わたしは、過去に、二度磐梯山を登ったことがある。といっても、学生時代のことで、今から三十年以上も前の話でもあり、記録もなく、当然記憶も曖昧模糊としており、したがって、地図をたよりに...
武士に対する処罰は厳しく、薬子の変を最後に公的には行われていなかった死刑が復活した。慈円は『愚管抄』においてこの乱が「武者の世」の始まりであり、歴史の転換点だったと論じている。この乱で最大の打撃を蒙ったのは摂関家だ。忠通は関白の地位こそ保持したものの、その代償はあまりにも大きかった。武士・悪僧の預所...